特集

寄り添うメンタルヘルステックでココロ踊る社会に―Booost Health 創業者・CEO 芳賀さん

インタビューの趣旨について

 私たちIESE日本人在校生は、自分たちのキャリアだけでなく、将来のビジネスリーダーとして日本の未来のために何ができるか考えていきたい、また日本の皆さまにも考えるきっかけを作りたいと考えています。

 今回は、IESE卒業後、コンサルタントとしてのキャリアを積んだのち、メンタルヘルスケアの事業を立ち上げた芳賀さんに、メンタルヘルスと経営、女性起業家といったテーマでインタビューさせていただきました。

芳賀さんのご紹介

芳賀 彩花(はが あやか)さん.
東京大学文学部社会心理学専修課程卒業。 IESE Business School MBA卒業。 
マッキンゼー&カンパニーにて、戦略策定、 オペレーション改善、企業変革に約8年従事。 
経営コンサルタントとしての経験を経て、「日本の働く人々をもっと心身ともに健康にしたい」という課題意識からbooost healthを2022年に創業。心理カウンセラー、メンタルトレーナー資格。

booost health株式会社
組織と個人の持続的成長を実現する伴走型トレーニングクラブ「BOOOST」を提供するスタートアップ企業。
https://booost.health/

MBAについて

Q.MBA、IESEを目指された理由を教えてください。
 キャンパスビジットをしてみると、応対してくれる学生が良い人が多く、なぜかと考えるとキリスト教がバックボーンにあり、奉仕の精神(スピリット・オブ・サービス)が生きていると思いました。実際、たしかにカリキュラムは厳しいですが、学生の間では周りを蹴落とすような競争でなく、お互いにサポートしあうような雰囲気を感じました。あとは、バルセロナという街が良かったですね笑。

Q.MBAでの学びは現在のキャリアにどう影響しておられますかでしょうか?
 直接的な知識というよりも、IESEの70人のクラスの中で自分の意見を堂々と言い、プレゼンスを出していく経験が自信になりました。自分がマイノリティである環境で、自分の意見を表明し巻き込んでいく。そういう経験は、実際起業してみると、自分で方向を決めて周囲を動かしていくことになるのですが、それをグローバルな環境でやったことで大変力がつきました。

事業について

Q.ビジネスモデルが今の形に定まるまで、経緯やお考え、悩んだポイントなどがあればお伺いしたいです。
 起業を考えた当初からB2Bのサービスでメンタルヘルスに対する本質的な改善となるソリューションを創りたい、というのはブレていません。コンサルティングファームで働いている時、社内外でバーンアウトで苦しんでいる方々を見てきました。カウンセラーは社内に居ても、あまり利用されておらず多くの場合機能していないように思えました。そうした経験から、「メンタルヘルスの問題が出たときのサポートがありますよ」でなくもっと本質的な、「ストレス緩和・蓄積防止」の具体的なソリューションがほしいと思いました。

 事業内容は一貫していましたが、アプローチについては変遷があり、最初はSaaSモデルで、デジタル重視で、と思っていたのですが、MVP(Minimum Value Product)として、最小限度のプロダクトを使ってテストしていく中で、デジタルだけでは、ユーザーを継続的にエンゲージし使い続けてもらうのは難しいということに気づき、「人」の要素が必要だと思って、AIを活用しつつも、コーチの方を入れるモデルに行きつきました。

Q.企業側にとっては、メンタルヘルスの問題の未然予防の重要性はわかるものの、どうしても具体的な効果・成果が見えづらく、なかなか予算確保がしづらい領域であるように思います。実際のクライアントからの反応や導入事例、効果をもう少し踏み込んでお伺いしたいです。
 実は当初、同じ仮説を持っていたのですが、ターゲットとするペルソナを、構造的にストレスがかかる「企業として失ってはいけない、事業の核として期待されている人材」、「採用コストをかけた、新卒・中途採用されたばかりの人材」としました。また、従来の「不調防止」という考え方だけでなく。パフォーマンス、生産性、エンゲージメントの向上という形で会社の成長のための投資として考えていただくという打ち出し方をしていっています。

 そうすると、去年からサービスのベータ版を提供していて、まだPMF(Product Market Fit、ターゲットとする市場のニーズと、製品やサービスの提供する価値がかみ合った状態)に至っていないかもしれませんが、ご利用いただいた企業ではかなりいい結果が出ていています。具体的には、「ストレスに対処するスキルが向上した」、「プレッシャーで心を乱していたが、再び集中力を取り戻せた」等の声をいただいています。

 私の想いとしては、メンタルヘルスが個々人の責任になっている日本を変えたいな、ということがあります。お客様の導入を後押しするために一番力を入れているのがサービスの効果の定量化です。「なんか、いいね」ではなくてスコア・生産性の改善を定量化し、効果を可視化し、ひいては企業価値への貢献が認識できる状態を理想としています。

Q. 今のお話は、導入の決定者となる企業サイドの視点と思いますが、現場サイド、つまり導入後、形骸化させずにしっかりと運用が軌道に乗るための仕掛けが何かあれば教えていただきたいです。
 この事業を始める時に心理学者にインタビューしたのですが、「人間の性質に従え」と言われました。どういうことかというと、昔から人間の性質は変わっていなくて、「褒められたい」、「面倒なことはやりたくない」といった性質があります。なので、運用を形骸化させないための仕掛けとして、利用者の方に「人」をモチベーションにしてもらうことを考えました。

 カウンセラー・コーチの方に会いたい、承認をしてもらいたい、ということが利用を続ける動機になるように工夫しています。一方、AIのツールの方でも、システム上で利用者に何らかのリアクション・肯定のメッセージを出すことで、人の工数を下げつつも効果的に利用を促進する方法を試行錯誤しています。

Q.日本におけるメンタルヘルス領域は市場そのものがまだ拡大途中のフェーズにあるように思いますが、ボトルネックになっていることは何だと思われますでしょうか?
 企業や個人のメンタルヘルスに対する認識というのが一番大きなボトルネックだと思います。「メンタルヘルスは大事」という考え方もあれば、「ちょっとやそっとで倒れる人はダメ」みたいな考え方もあります。こうした考え方は少子化・転職市場での人材獲得競争といったマクロ環境の変更に応じて必ず変わっていくと思いますが、会社から能動的に手を打って行かないといけない、というレベルまでまだ社会的な認識は一致していないのが現状です。

 企業だけでなく、個々人については、ある調査ではアメリカ人の70%はカウンセリングを利用したことがあるが、日本人はわずか6%に過ぎないといわれており、抵抗感が強いというのもメンタルヘルスに関する取組のハードルかなとおもっています。

―(IESE学生)価値観が変わってきているというお考えには共感します。例えば、私が社会人になった10年程前は、まだ転職市場も今ほど活発でなかったですし、「新人は叩かれて強くなるべし」「厳しい指導から這い上がってこそ一人前」という考えが支配的だったと記憶しているのですが、最近の、特にコロナ世代にはもうその考え方は通用しない、むしろそういう会社からはせっかくコストをかけて採用した社員から逃げられてしまうようになったと感じます。ただし、一長一短あり、そうなったら困るので育成の現場としては、ある程度負荷がないと成長につながらないのは分かっているが、ゆるくやらざるを得ない、というジレンマがあるのではないかなと思います。

 ストレスは単に回避したり、腫れ物のように扱っていいわけではなく、成長の機会であると思うんです。例えば、コロナ下で従前のような社会的経験が積めなかった若者が社会人になって、学校とは異なる環境でダウンしてしまうという問題があるとして、どのようにストレス耐性を積んでもらい、成長してもらうかのソリューションを提供したいと思っています。すなわち、必要な時にカウンセリングやケアの機会を提供するだけでなく、本人がどのようにストレスに対処、対応するかの知識、経験をつけていくのが大切だと考えています。

起業について

Q. 女性×起業のメリット・デメリットを感じた場面はありましたでしょうか?
 女性だからどうこうというのは感じたことはないです。起業家には、営業上がり、研究者上がり、ゴルフが好きな人たらし、みたいな色んな属性があって、「女性」というのもその属性の一つぐらいに思っています。ただ、ラッキーだったのはGoogle等がやっている女性起業家向けのサポート制度がたくさんあったことですね。 一方で、投資家とゴルフとかサウナに行くとか、いわゆるボーイズクラブ的なところには入っていけないですが、そもそもやりたくないので笑、全体としてプラマイちょっとプラスくらいかなと思っています。

Q. 別のインタビューで、投資家向けのピッチを学ぶことが大きな方向転換になったと述べられていましたが、もともとピッチやプレゼンテーションは得意でしたのでしょうか?コツや気をつけていることはありますか?
 得意かはわからないですが、ピッチをすることは楽しかったです。ただし、私たちのようなサービスを簡単な言葉で伝えるのは難しい(確たるプロダクトがあって「●●のUberのようなものです」のような分かりやすい例えができない)ので、そこはいまでも日々試行錯誤しているところです。

Q.実際に起業に至るまで一番大変だったフェーズはどこでしたでしょうか?
 今も大変!って感じです。このままやっていば大丈夫、のようなレールが見えているわけでないので、いつも不確定性への不安はあります。

Q. 起業するうえでの仲間集めはどのように行われましたか?また今後はどのような人に参画して欲しいでしょうか?    
 最初はエンジニアと二人で始めました。その人は知人の紹介で、人柄がいい人で本当に信頼できる人です。はじめはパートタイムで協働して、お互いに納得感持てるまでフルコミットせずに時間をかけてパートナーシップを築いていきました。

 これからの人材という意味では、スタートアップをやってみて思うのは、大企業みたいな安定感はなく、「あなたのポジションはこれやっとけば大丈夫」みたいなのはないので、自分で仕事を取りに行ける人、新しいことをやっていこうとしていける人が合うと思います。あとはスタートアップの初期は、本当にどうなるかはわからないので、事業内容やチームに個人的にパッションを感じられる人が向いていると思います。スタートアップに短期的なリターンを求めるのは無理で、それを求めるならば普通の会社の会社員の方がいいですね。

Q. 起業の上でコンサルティングの経験は活かされましたか?
 当時、事業を始めようと思った時に、エンドユーザーとなるような方30人くらい、その他心理学者の方などインタビューをしてアイデアを練っていったのですが、インタビューの手法はコンサルでの経験は生きたものの、そもそもコンサル思考と、スタートアップ起業に必要なデザイン思考はかなり違います。

 コンサル的な課題解決思考は、課題がちゃんと定義されていて、それを解くためには有用ですが、まだ市場がない、まだソリューションが明確でないときは、ボトムアップで試行錯誤していくデザイン思考が適切です。私は問題解決思考に浸かってからの起業だったので、予算が限られている中でのデザイン思考にアジャストするのが大きなチャレンジでした。

Q.MBAを経て起業、経ないで起業の2択があるとして、それぞれの良し悪しについてどう思われますでしょうか?
 MBAで学んだファイナンスとか会計は、確かに経営に関係しますし、生きてはいますが、起業準備としてだけのためにMBAは必要はないと思います。

 けれども、在学中に必ず自分の世界が広がるので、起業テーマにおけるインスピレーションが広がるのは確かです。その意味では、本当にIESEはおすすめです。例えば入学当初にコミュニケーションやチームビルディングの授業があって、その中で「たくさんの言葉が描かれたカードから、自分の価値観に合う数枚を選ぼう」というセッションがあったのですが、私は「挑戦」、「達成」のようなカードを選んだのに対し、チームメイトのスペイン人は迷うことなく「家族」、「友達」、「平和」といったカードを選んでいて、「私はなんて自分本位な価値観だったんだ」と衝撃を受けたことを覚えています。こういった経験を遠し、社会に対する見方やキャリアに対する価値観は大きく変わったと思っています。

―(IESE学生)たしかに、スペイン語文化圏の友人たちからは、家族の大切さ、仕事ばかりを人生にしてはいけない、等色々な価値観を教わりました。ありがとうございました。

インタビュアー紹介

IESE Business School Class of 2025 日本人在学生

尾島 泰介:NTTコミュニケーションズで約10年勤務し、マーケティングやプレセールス・エンジニアリング等に従事。社費留学。東京大学経済学部卒(2013年)。

Class of 2026 栗山 仁未:ボッシュ、リクルートで約8年勤務し、コーポレートファイナンス等に従事。私費留学。日本女子大学国際文化学部卒 (2016年)

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