特集

テック×グローバル×マネジメントで世界を相手に ~ITER(国際核融合炉研究プロジェクト)首席戦略官 大前さん

インタビューの趣旨について

 私たちIESE日本人在校生は、自分たちのキャリアだけでなく、将来のビジネスリーダーとして日本の未来のために何ができるか考えていきたい、また日本の皆さまにも考えるきっかけを作りたいと考えています。
 今回は、通信会社、海外MBA、コンサルティングファームを経て、現在は欧州の国際機関で国際核融合プロジェクトITERの首席戦略官を務める大前さんにキャリア観、MBAからの学び、多様性とマネジメントをテーマにインタビューをさせていただきました。

大前さんのご紹介

大前 敬祥(おおまえ たかよし)さん。
NTTコミュニケーションズで国際事業、PwC Strategy&で戦略コンサルティングに従事したのち、国際核融合炉研究プロジェクト ITER に首席戦略官として参画。ITERの全体戦略の策定、戦略実行を推進。南フランス在住。HKUST(香港科技大学)MBA。

https://newspicks.com/user/1398455/ (Newspicks寄稿記事)

ITER(イーター)について

人類初の核融合炉の超国家による建設・実験プロジェクト
ITER日本国内機関公式サイトより https://www.fusion.qst.go.jp/ITER/iter/page1_1.html

キャリアについて

Q. 初めに、現職のITER参画への経緯を教えてください。

 戦略コンサルティング会社在籍時に核融合関連のプロジェクトに携わり縁ができたというのが始まりだが、その他にも3点理由がある。

 まずキャリア観として、テクノロジー、グローバル、マネジメントの3点をかけ合わせて世界に通用する人材になりたいという像があった。新卒で入社したNTTコミュニケーションズでは海外事業開発に携わり、やりたいことをやらせてもらっていたが、より速いスピードで成長したいと思うようになったため戦略コンサルティング会社へ転職した。

 そこでは当初ずいぶんと苦労もしたが、その分大きな成長機会を得ることができた。その上で経験を重ねる中で、やはり自分のやりたいことは事業にハンズオンで携わりたいことだと改めて確認できた。一般的にコンサルティング業界では大きく分けるとどこのファームもパートナー(共同経営者)、マネージャー(管理職)、ジュニア(一般社員)の3つの階層で構成されているのが標準的だが、マネージャーからパートナーへは「コンサルティング業界」でやっていくことへの相応のコミットメントと「コンサルティングという仕事の関わり方」自体が好きであることが求められるものではないかと思う。そうした業界理解をしていく中で、コンサルタントとしての事業やプロジェクトへの関わり方が必ずしも自分が最も自然体で働く形ではないのではないかと思うようになり、より自分事として業務を行えるキャリアを探すようになった。

 2点目として、ワークライフバランスに対する考え方がある。私は厄年の年齢で転職したのだが、「厄年」という年齢にはそれなりに意味があると思っていて、というのも厄年は仕事が一番楽しく感じる時期でありつつ、しばしば親の介護や子供の育児、自分自身の健康にもなんらかの問題が出てくるといった人生の仕事以外のライフイベントが重なる人生のターニングポイントになるような時期だと思う。コンサルタント時代は仕事が多忙だったこともあり、子育てを含めて人生で重要なものを今一度振り返り改善したいとも思っていた。

 3点目として、ITERでの業務がOpportunityとして非常に大きかったというのがある。核融合はいわばテクノロジーのお化けのような最先端の技術であり、その実現に関われるというのは非常に魅力的だった。また、組織が国際機関であるという点もグローバルな環境で働きたいという思いに合致した。NTTコミュニケーションズでは入社以来一貫して海外事業に携わり、次のStrategy&は外資系企業だが、日本企業の海外事業や外資系企業の日本法人と比較すると、ITER機構という国際機関は真にグローバルな環境といえると思う。さらに募集されていたポジションが戦略責任者であり、自分が描いたキャリアパスに合致する要件であったため、これをやらない理由はないと思いITERに転ずる決心をした。

Q.首席戦略官としての業務はプロジェクトマネジメントの要素を多分に含むと想定しています。インタビュアーの一人のプラントエンジ会社での経験から、こうしたプロジェクトのマネジメントは、エンジニアリング、工事等、技術への深い知識が要求されると推察しますが、どのように知識のgapを埋められましたか

 実際には下記の3点のポイントから付加価値を出せていると思う。

 一つめは、NTTでの経験がある。ITシステムの構築というのはプロジェクトマネジメントど真ん中であり、PMP(プロジェクトマネジメントの国際資格)は今日では広くIT系プロジェクトにおけるに携わるプロマネたちにとっての標準資格となっている。NTTの南インド支店長時代、複数のクライアントプロジェクトが自分の下で動いていてそれらを管理していた。無論コンサルティングファームでもプロジェクトマネジメントはやったが、NTT時代では製造業の顧客の工場周りのITインフラ整備プロジェクトなどをやったりして、建設会社との折衝等色々な要素があった。

 二つ目は、私の今の仕事は全体戦略を見る上でのプロジェクトマネジメントであること。たとえば原子力建屋建設のプロジェクトマネジメントだと求められることが違うし、ITERのPMには様々な専門分野のエキスパートもいるが、私は全体かつ戦略部分を所掌しているので、核融合の専門的な技術に関する知識や経験は実務・現場寄りのプロジェクトマネジメントほどは要求されない。むしろITER加盟各極の利害を理解したり、調整したり、ITER全体のプロジェクトの観点からどのようなリソースを割くか、という戦略を考えるのが本質的な仕事。

 最後に、コンサルタント時代に学んだスキルが生きている。コンサルタントの能力の中でも私が大切だと思っているのはアナロジーの力。例えば顧客Aで得た知見を顧客Bに当てはめる、業界は違うけど成長曲線が似ている企業を参考にするといったこと、あるプロジェクトのエッセンスを抽出して具体に下ろす、具体を抽象化して問題解決に適用する、という具体と抽象を行ったり来たりするスピードや正確性と言ったスキルが、ITER計画という複雑性が高く広範なエリアを見ていかないといけない現職には役に立っている。

多国籍な環境でのリーダーシップとMBAでの経験について

Q. NTT等の前職での経験と比べ、ITERでのリーダーシップポジションにおいて特に難しい点は何でしょうか。またそれをどのように解決・工夫して対処しているのでしょうか。

 ITERの仕事は核融合という総合工学分野であり未だ完全に実現していない分野でもあり様々な考え方や意見がある。従い、ITER内部でも多様なバックグラウンドの職員がいるため、プロジェクトを進めるにはしっかりとしたリーダーシップが必要とされる。そのような中で私が一番重要だと考えているのは、「無私の心」であり「人類の核融合のため、ITERのために」というスタンスを持つことだと思う。

 私はMBA在学中、「リーダーシップ」をキーワードにしていた。様々な活動をする中で、特に学外の活動といった自発的な活動を何かやろうと言ったときに「クラスメートが自分についてきてサポートしてくれるのはなぜか?」と考えたことがあり、それは自分が自分の利益の為にやろうと思ってなかったからだと気がついた。また、MBAの学生間では役職に基づく権威は存在しない。そのような私利、権威とは無縁のナチュラルリーダーシップについて学び訓練できたのがMBAでの一番の学びだったと思っているし、実際その学びがITERでのリーダーシップにも生きている。

 ITERでは、自分が出世したいとかではなく、純粋に核融合を実現させたいしITERのプロジェクトを成功させたいと思い仕事をしている。そのような気持ちで動くことで、ITERのプロジェクトのような複雑かつ難易度が高いプロジェクトでも、しっかりとリーダーシップチームの一員として仕事ができているのだと思っている。

 もちろんHowの部分で、相手との共通理解をしっかりと得るために口頭の言葉よりも文章にしたコミュニケーションを重要視するといったポイントもある。そして文章にしたときでも単語一つでも人によって捉え方が異なったり、メンバーの出身のある組織内での捉え方と別のメンバーの出身組織での捉え方が異なっていたりと、適切なコミュニケーションをとるために意識すべきことは多くあるが、仕事をする根底として、無私の心を持つということが、国際社会でのリーダーシップ上最も重要だと思っている。

Q.MBAの価値の一つとして海外ネットワークの獲得が挙げられると思いますが、ご経験上、どの程度ネットワークが役立っていますか

 MBAのネットワークが役立つ瞬間として、「MBA卒業後の就職活動時」と「それ以後」で分けられると思うが、私はHKUST(香港科技大学)ビジネススクールには社費で留学したため前者でネットワークを活用することはなかった。後者においても、(HKUSTはアジアの学校だが)現在はアジアを中心とした仕事をしていないこともあり、ネットワークの価値を強く感じる瞬間はあまり無い。

 ただ、現在私はHKUSTのMBAプログラムアドバイザリー・ボードに入っているが、私としてはMBAのネットワークを活用することよりも、自分自身がMBAのネットワークとして価値ある存在になることを重要視している。MBA2年時に新入生向けにスピーチしたことがあるが、ジョン・F・ケネディの有名な演説をもじって、「Ask not what MBA can do for you. Ask what you can do for MBA.」という内容で話したのを覚えている。そのように、MBAから何か価値を得ること以上に、自分が卒業生として価値を出せるようになることが大事だと思ってる。

核融合発電について

Q. 近年様々な核融合スタートアップが世界中で生まれており、日本でもKyoto Fusioneering、Helical Fusion、MiRESSOといったスタートアップが注目を浴びていますが、核融合のエコシステムにおいて、スタートアップはどのような役割を担っていると思われていますか。またはどのような役割を担うことを期待なさっていますか。

 ファンダメンタルに言うと、核融合(に関する仕事)で食っていける人間が増えることはいいことで、どれだけ増やせるかをKPIにしていくべきだと思う。核融合の研究を極めた天才科学者のような人だけが食べていけるのではなくて、新しい産業としての核融合産業を創出し雇用を創出したい。

 歴史的に考えて、それまでになかった分野が生まれることで産業界が高度化していく。例えばクルマで言うと、内燃機関式の自動車で不可欠だった部品同士のすり合わせという仕事はEVでは部品点数が簡素になり、需要が減る。そうして失われた仕事・雇用のために新しい産業が必要だと思う。私がベンチマークにしているのは宇宙産業。昔は、宇宙を仕事にしたいと思ったらアメリカではNASA、日本ではJAXAや大学の研究室等限られていたが、今では宇宙ビジネスのスタートアップが上場企業含めてたくさんある。核融合もそれをテーマにしたスタートアップが増えることは雇用の創出につながる。核融合の商用化はまだ少し崎の話であるが、商用会が見えはじめた時に人や企業を集めて育て始めても遅い。

 ただし、日本と海外ではスタートアップの状況は違う。企業の中身だけでなく、国として社会経済・産業構造としてのスタートアップの位置づけが違う。例えば米国では新しい会社が新しい産業を作る社会。一方日本は既存の産業が新しい産業を作るのが得意な社会。つまり、ディスラプティブな移行、インクリメンタルな移行、どちらなのか?という話。その違いとして米国はスタートアップに集まる資金の量が違う。世界を変えようと思ったら10億円くらいじゃ足りない。

Q.核融合を取り巻く課題(技術、経済性、廃棄物処理、安全性、世論等)のうち特に重要視している課題は何でしょうか。またその課題についてどのように戦略的に対処するべきと考えていますか

 目の前の数年と10年先における課題は当然違う。ここ数年の課題は安全性。核融合は極めて安全性に優れた技術であるが、原子力関連であるという点に着目して必要以上にコンサバな規制が課せられると実現性に大きく影響してしまう。核融合というものがまだ世間で正しく認知されていない中で、「何となく不安」といった感情論から規制の議論が万が一にでも進むことがないよう、核融合の実態に即した安全性の考え方について基準を統一するという動きを作っていきたい。また、世界全体の安全性に関する議論のペースを考慮しつつ、日本固有の事情を勘案した安全規制を掛けられるかも重要な課題だと思う。このような安全性の議論を行ってはじめて核融合発電の商用でのオペレーション経済性が課題になると思う。

インタビュアー

IESE Business School Class of 2025 日本人在学生

尾島 泰介:NTTコミュニケーションズで約10年勤務し、マーケティングやプレセールス・エンジニアリング等に従事。社費留学。東京大学経済学部卒(2013年)。

牛神 慧史:国際協力銀行等で約9年勤務し、エクイティファイナンス等に従事。社費留学。東京大学公共政策大学院卒(修士、2014年)Energy Club所属。

峯 祥平:東洋エンジニアリングで約5年勤務し、プラント、インフラ建設プロジェクトの契約法務に従事。私費留学。一橋大学法学部卒(2017年)。Energy Club所属。

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