まえがき
私たちIESE日本人在校生は、魅力的な生き方をされている方にインタビューをし、自分たちのキャリアを見つめ直す機会とし、また日本の皆さまにも考えるきっかけを作りたいと考えています。
今回は、IESEとも提携している大学院大学至然館の野田智義学長にお話を伺いました。
日本人がグローバルで価値を出すには
–野田さんはINSEADで3年連続最優秀教授賞を受賞されるなど、グローバルな舞台で輝かしい実績をお持ちです。しかし、そこに至るまでには言語のハンデなどもあったかと思います。どのようにして価値を発揮されてきたのでしょうか?
実は私は、26歳になるまで外国人と話したことが一度もありませんでした。灘高校、東京大学、そして日本興業銀行(現・みずほ銀行)と、いわゆるドメスティックな日本のコミュニティの中だけで過ごしてきたのです。
転機は突然でした。妻が「ビジネススクールに行く」と言い出したのです。当時の私はボストンがどこにあるのかさえ分かっていませんでしたが、とりあえずついていくことにしました。
現地での生活は苦労の連続でした。発音が悪すぎて、コーヒーショップで頼んだ「シナモン」が全く通じないこともありました。興銀時代に社内留学制度に2回チャレンジしましたが失敗。それでも死に物狂いでTOEFLとGMATを勉強し、三回目の挑戦で、会社派遣留学生として選抜されました。最終的には、MIT Sloanに入学することができました。その後、ハーバードビジネススクールの博士課程に進みましたが、本当の意味で英語が上達し始めたのは、London Business Schoolで教鞭を執るようになってからだと思います。
正直なところ、今でも発音には苦労しています。多くの日本人が英語にハンディキャップを感じていると思いますが、それは幕末に長州藩からイギリスへ渡った5人の留学生(長州ファイブ)も同じだったはずです。彼らはきれいな英語を話せたわけではありませんが、それでも尊敬を集めていました。ロンドン大学には今も彼らの記念碑が残っています。
これこそが、日本人が目指すべき一つの手本ではないでしょうか。もちろん完全なネイティブであれば話は別ですが、そうでない限り、英語の流暢さ以上に大切なものがあります。多くの日本人は「世界の中での日本の立ち位置」を十分に理解していませんが、自身のアイデンティティなくして真のグローバル人材は育ちません。「日本ではこうだ」と一方的に主張するのではなく、「世界ではこう言われているが、日本ではこういう視点がある」と語れること。これが非常に重要です。
また、グローバルな環境では「好奇心」も欠かせません。「とにかくあなたのことを知りたい」という姿勢を持ち、「こいつはチャーミングだな、面白いな」と思ってもらえるかどうか。IQよりも「愛嬌」です。誰しもがプライドという鎧を着ていると思いますが、それでは人の懐には飛び込めません。利害関係を超え、鎧を脱いでコミュニケーションを取ることで、初めて道が開けます。人間としての力、人間力が鍵です。
例えば、親しくさせているワタミの渡邉美樹さんの人間力は凄まじいものがあります。会った瞬間に相手を抱きかかえるような勢いで握手をする、あのエネルギーと愛嬌の良さは人間をひきつける最強の武器です。一方で、アフガニスタンで人道支援に尽力された中村哲さんのようなスタイルもあります。哲さんは寡黙で多くを語りませんが、それでも「この人の役に立ちたい」と思わせるチャームがありました。「愛嬌」や「チャーム」の形は様々ですが、自分をさらけ出し、相手の心に残る存在になることが大切です。
-グローバルで活躍するためには、単に欧米流のスキルを身につけるだけでなく、「和魂洋才」のように日本人としての特質を活かすべきだという声もあります。この点についてどうお考えですか?
おっしゃる通り、クリティカルシンキングなどの欧米的なプロフェッショナルスキルを身につけるだけでは、日本人がグローバルで勝ち残ることは難しいでしょう。
日産自動車や武田薬品工業など、グローバル化が進んでいる日本企業はありますが、経営層のほとんどを外国人が占めている現状を見ると、結局のところ「日本の会社」ではなくなってしまったようにも感じます。これは、スキル勝負のグローバル環境で日本人がサバイブできなかった結果とも解釈できます。スキルはあった方が良いですが、決定的な要素にはなりません。
幕末の思想家、佐久間象山が「東洋道徳、西洋技芸」と説いたように、我々はスキルという武器以上に、「人間力」や「度量」を武器にして戦うべきではないでしょうか。例えばインドのエリートたちは、極めてプロフェッショナルであると同時に、西洋人が持っていない深い哲学的洞察を持っていると感じます。
我々も、日本にしかない何か、日本がこれまで培ってきた「文明力」のようなものを体現する必要があります。その核となるのが、「Give and Give」の精神です。最終的には自分のためになると信じて、他者に与え続ける。松下幸之助氏が「人間として一番尊いものは徳である」と語ったように、自己の最善を尽くしていれば、必ず違うところから何かが返ってきます。この「Humanity(人間性)」は万国共通の言語です。
誰しもが、「どんな人間を信頼するか」「誰と一緒にいたいか」という、他者を測るリトマス試験紙を持っています。しかし不思議なことに、そのリトマス試験紙を自分自身に向ける人は多くありません。自分自身に向き合い、人間としての魅力を磨くこと。そして、明るく、楽しく、前向きに生きること。私も完璧ではありませんが、この心掛けだけは忘れてはならないと肝に銘じています。
–現在の日本のビジネスリーダーに最も欠けている要素は何でしょうか? また、MBAなどの教育で補完できることと、その先にある課題について教えてください。
昨年、私が学長を務める大学院大学「至善館」のカリキュラムを大幅に刷新し、ホームページには「教育で人は育たない。人は挑戦の中で育つ」というメッセージを掲げました。著名な神話学者だったジョセフ・キャンベルの「英雄の旅(ヒーローズ・ジャーニー)」と精神を同じくしています。
そもそも20世紀型のMBA教育は、産業界をささえる中央集権型組織のミドルマネジメントを育成するために生まれたものですが、今は時代が違います。教室の中だけで人間力は養えません。教育とは、あくまでリーダーシップの旅へと送り出すための「準備」に過ぎないのです。
映画『ロード・オブ・ザ・リング』に「旅がこんなに辛いものだとは思わなかった」という台詞があるように、試練や通過儀礼を超えて初めて人間は成長します。人に信頼され、時に裏切られ、七転八倒する「旅」に出てこそ、本当の自分が磨かれるのです。
私自身、40歳でINSEADを離れ、社会起業家として、ISL(至善館の設立母体)という独自の教育機関を立ち上げるなかで、人に猜疑心を持つほど大変な経験もしましたが、その試練こそが私を成長させてくれました。だからこそ、MBAは旅の前哨戦と割り切り、早く本当の挑戦の旅に出るべきだと伝えています。 その旅の中で最も重要なのが、「自分は人に支えられている」という感覚です。私は今、経営者として人を雇う立場にありますが、従業員に対し「お金を払っているのだから、働いて当たり前」と考えるのか、「人生の一部を使って一緒にやってくれている」と感謝するのか。そのマインドセットの違いが、生み出すエネルギーの質を決定的に変えるのです。