インタビューの趣旨について
私たちIESE日本人在校生は、魅力的な生き方をされている方にインタビューをし、自分たちのキャリアを見つめ直す機会とし、また日本の皆さまにも考えるきっかけを作りたいと考えています。
今回は、IESE MBAを2025年に卒業し、卒業直後にトラディショナル型サーチファンドを立ち上げ、現在サーチャーとして活動中の田中さんにサーチファンドにかける思いと、IESEのサーチファンド・スクールとしての側面について伺いました。
乃木坂パートナーズ合同会社
乃木坂パートナーズは、2025年に設立されたトラディショナル型サーチファンドです。
https://www.nogizaka-partners.com
田中さんについて
Q.これまでの経歴について教えてください。
新卒でENEOSに入社し、マレーシアでの石油・天然ガス開発プロジェクトにおいて事業開発を担当しました。その後、三菱UFJリサーチ&コンサルティングに転職し、中堅・中小企業向けの経営コンサルティング業務に従事しました。
この経験を通じて、多くの中小企業が経営の進め方次第で大きく成長できるポテンシャルを秘めていることに気づきました。しかし、経営コンサルタントとして短期的・断片的に関わるだけでは、そうした成長を本質的に実現することは難しいと感じるようになりました。
何か他により深く関わる方法はないかと模索していた中で出会ったのがサーチファンドでした。当時(2022年頃)、日本ではまだ情報が少なかったため、先行して発展している海外で学ぼうと決意し、サーチファンド・スクールとしてグローバルに知られるIESEの門を叩きました。
Q. 2022年ごろの日本のサーチファンドをめぐる状況はどうだったのでしょうか??
当時、日本にはサーチャーが二人しかおらず、その一人がIESE卒業生(Class of 2019)の黒澤さんでした。日本で初めてサーチファンドに挑戦された黒澤さんの活動はIESEの公式ブログでも取り上げられており、もっと詳しくお話を伺いたいと思い、すぐにご連絡してコーヒーチャットの機会をいただきました。
突然の連絡にもかかわらず、黒澤さんはとても親切に様々なことを教えてくださったことを覚えています。また、黒澤さんはすでに事業承継を完了されていましたが、当時ちょうど企業サーチ中だった志村さんをご紹介いただきました。
その後、志村さんには留学までの間インターンとして受け入れていただき、サーチファンドのプロセスを実務を通じて学ぶことができました。ネットでの情報収集だけでは得られない、貴重な経験を積ませていただいたと感じています。
MBA留学について
Q. サーチファンド・スクールとされているIESEですが、留学したことでどんなメリットがありましたか?
IESEはStanfordと共同でグローバルのサーチファンド研究を行っており、Stanfordが米国を中心とした北米の動向をカバーする一方で、IESEはそれ以外の地域のサーチファンドの動きを追っています。そのため、非常に多くのデータが蓄積されており、2年に一度発行される「International Search Fund Study」というレポートは業界の重要な情報源となっています。そのレポートの裏側に触れたり、発行前の最新データにアクセスできたりしたことは大きな学びでした。また、授業を通じてサーチファンド研究の第一人者でもある教授(後述)から直接学べたことも貴重な経験です。
さらに、素晴らしいサーチファンドコミュニティと繋がれたことも大きな収穫でした。IESEは2年に一度、世界最大規模のサーチファンドイベントである「International Search Fund Conference」を主催しており、ここでは投資家や世界中のサーチャー仲間とネットワーキングを深めることができます。そこで出会った方々は非常にオープンでサポーティブであり、サーチファンドを目指すならこの資料を読むといい、自分の経験をぜひシェアしたい、投資家を紹介しよう、など、誰かを出し抜こうという空気は一切なく、むしろ共にサーチファンドの世界を盛り上げていこうという熱意を強く感じました。
Q. そうしたサポーティブな雰囲気はなぜ生まれたのでしょうか?
サーチファンドの特性として、サーチャーは幅広い業種・地域を対象にサーチを行い、それぞれが特定の企業1社のみを承継するため、承継後に競合関係になる可能性が極めて低いという点が挙げられます。
また、投資を募る際も、特定の誰かからマジョリティ出資を受けるわけではなく、多数の投資家から少額ずつ出資を受ける仕組みであることも、このサポーティブな雰囲気の醸成に寄与しているのだと思います。
そのため、サーチャー同士で投資家を紹介し合ったり、逆に投資家同士で有望なサーチャーを紹介し合うということが日常的に行われています。
Q.海外投資家にアクセスできたのも、海外MBA、IESEならではのメリットでしょうか?
そう思います。海外投資家は、サーチファンドのモデルをきちんと理解しているかどうかをサーチャーの評価指標の一つとしているようで、サーチファンドについてどこで、どのように学んだのかを必ず確認してきます。その際に、「IESEでサーチファンドの授業を受講していました」と伝えると、100%納得してもらえました。
海外投資家の視点からも、IESEはサーチファンドに関して確固たる教育体制を整えている学校であると評価されているのだと感じます。
Q.同級生からの刺激はありましたか?
私の同期(Class of 2025)にはサーチャー志望者(日本人以外も含む)が6人おり、同時期にサーチファンドに挑戦している仲間がすぐ近くにいるということは、自分にとって大きなモチベーションになりました。今でこそ日本でもサーチファンドは盛り上がりを見せていますが、私が資金調達を始めた当時、日本人で同じタイミングで挑戦している人はおらず、彼らの存在はとても貴重でした。
サーチファンドには40年の歴史があるとはいえ、起業の一形態であるため、就職活動とは異なり非常にUnstructuredなパスで、何が起こるか分かりません。資金調達のプロセスでは数え切れないほどの“No”を突きつけられ、心が折れそうになることもありましたが、同級生のサーチャー志望者と情報交換をしたり、励まし合ったりすることで、前に進むことができました。
Q. IESEのサーチファンドの教育体制はどうでしたか?
IESEには、サーチファンドを専門とする教授としてJan Simon教授とJose Martin Cabiedes教授の二人がいるのですが、二人は教授であると同時に著名なサーチファンド投資家でもあり、アカデミックだけでなく実務的な観点でも薫陶を受けました。
Jan教授は、北米以外では初となるファンド・オブ・サーチファンド(サーチファンドに投資する機関投資家)の共同創業者であり、グローバルに投資活動を展開しています。授業では理論だけでなく、ご自身の豊富な経験に基づくレクチャーが印象的でした。例えば、サーチャーの企業探索が思うように進まず、2年というデッドラインが迫ると、焦りから十分に吟味せずに買収を進めようとしてしまうことがあるが、投資家としてそれは決して許容できない、と語られていました。実際、投資経験が浅かった頃、それを許してしまった結果として投資で損失を被り、サーチャーも不本意な経営結果に終わったという苦い経験談を共有してくれました。
また教授は投資家としてだけでなく、複数の承継先企業でボードメンバーも務めており、ボードメンバーとしてサーチャーをどのようにナビゲートしているかについても話してくださいました。
Jose教授もサーチファンドを対象とする投資ファンドを運営しており、授業内外でサーチャーに近い立場からサポートをしていただきました。IESEにはIndependent Study Project(ISP)という、自分の関心分野を教授のメンタリングのもと研究できるコースがあるのですが、Jose教授には私の「なぜスペインでサーチファンドが普及しているのか?」というテーマについてのメンターを務めていただき、投資家や現役のサーチャーを紹介していただき、リサーチ結果についてディスカッションをさせていただき深めたりといったことをしていただきました。
Q.サーチファンド以外に、IESEで学べたことはなんでしょうか。
まず一つ目は、グローバルな環境下でのリーダーシップを張る体験ができたことです。IESEでは1年生の間、8~10人の固定チームが編成されるのですが、メンバーは出身国も職歴も多様で、そのチームで膨大な授業準備や課題に取り組む必要があります。一方で、就職活動などで各自にプレッシャーがかかる時期もあるため、どうしてもコンフリクトが生じます。そうした状況下で、どのように問題を解決し、チームをリードしていくかという観点で多くを学びました。
これまで働いてきた同質的な環境では、あえて言葉にしなくても伝わることが多かったのですが、IESEでは言葉にしないと伝わらない考え方が数多くありました。そのため、論理だけでなく、感情や背景を含めて相手に納得してもらうコミュニケーション方法を身につけることができました。

もう一つは、経営者としての意思決定を疑似体験できたことです。日々のケーススタディを通じたディスカッションもそうですが、EXSIM(Executive Simulation)という授業では、架空の会社の経営陣として経営を推進するシミュレーションを行いました。チームメンバーがそれぞれCEO、CFO、CTOなどの役割を担い、IESEが雇った投資家役の方々に対して説明責任を果たさなければなりませんでした。
CEOロールでなくとも、各自がその役割の最終責任者として意思決定を下す必要があり、チームとして相談はできても最終的な決断は自分が下すことになります。そして、その判断が会社の業績や株主の反応に直接影響を与える(例えば、営業責任者の価格設定によって売上が大きく変動する、業績悪化で社長が取締役会から解任勧告を受ける等)ため、非常に緊張感があり、経営者としての意思決定をシミュレーションする上で多くの学びを得られました。
サーチファンドについて
Q.サーチファンドを志した契機はなんでしょうか?
一つ目は、前述のとおり、これまでのキャリアでの経験をもとに、中小企業経営にもっと深く関わりたいと思ったことです。
二つ目は、自分の祖父がかつて中小企業経営をしており、私も自分のビジネスを持ってみたいと思ったことです。学生時代にスタートアップ起業も考えましたが、0→1の起業は自分に向いてないなと思い大企業に入りましたが、その思いは消えず、別のパスがないかと思っていた時にサーチファンドという存在に巡り合いました。
Q. 田中さんのサーチファンド、乃木坂パートナーズはどのように立ち上げましたか?いつ頃から、どのように準備を始められたのでしょうか?
時系列でお話をすると、MBA入学前から先輩サーチャーのもとでインターンをさせていただいて実務を理解しながら、1年生の時は①海外投資家とのネットワーキング、②日本の機関投資家(候補)にオンラインでサーチファンドと自分の売り込みをやって資金調達の基礎を築きました。そして、二年生の10月頃から本格的に資金調達を始め、半年強で投資を集めきることができましたので、2025年の7月からサーチ活動を本格的に始動しています。
Q. 立ち上げの時の苦労はどんなものがありましたか?
会社を作ると一口に言っても、実際には本当にさまざまなことをやらなければならないのだと実感しました。名刺やホームページの作成、法人登記の手続きなど、大企業にいるだけでは経験することのなかった業務ばかりで、どれも非常に勉強になりましたが、少なからず大変でもありました。
しかし幸運なことに、サポートを申し出てくれた優秀なMBAの同級生たちに手伝ってもらうことができ、おかげで無事に立ち上げを完了することができました。
このプロセスを通じて気づいたのは、特にトラディショナル型サーチファンドは一人で進めるイメージが強いものの、実際には誰かの手を借りずには進められないプロジェクトであるということです。企業探索においても、承継後の経営においても、何でも自分一人でやろうとするのではなく、より良い結果を出すためには周囲の人を良い意味で巻き込んでいく必要があるのだということです。
そしてそのためには、自分自身がサポーターの方々に「手伝いたい」と思ってもらえるような人物であることはもちろん、常に周囲への感謝の気持ちを忘れないことが大切だと感じました。この場を借りて、ここまで自分をサポートしてくれたMBA同級生や知人に感謝を伝えたいです。
Q. 承継先企業の探索にはサーチャーの個性や考え方が出ると思うのですが、どういうポリシーで考えられていますでしょうか?
自分が参画することで、さらに事業を大きく成長させられる会社を探しています。これまでの経歴を踏まえると、特に海外展開の余地がある会社に対して大きく貢献できるのではないかと考えています。
規制産業である石油・天然ガス事業においては、海外進出にあたり民間のパートナー企業だけでなく、現地政府当局との交渉にも取り組んできました。時間がかかり、理不尽な要求に直面することも多いプロセスでしたが、粘り強く交渉を続け、最終的に成功に導いた経験は、他業種であっても必ず活かせると考えています。
また、コンサルタント時代には、ある企業の海外進出に際して販売パートナーの開拓にも携わったことがあり、海外展開と海外市場の開拓をやり切る自信があります。
Q. めざす経営者像はありますか?
事業承継とは、その土地で愛されてきた企業の看板を引き継ぐことです。承継企業の経営価値向上というある意味自分たちの利益だけでなく、取引先や地域コミュニティ、従業員、顧客をもっと幸せにする、「三方よし」を実現する経営者を目指していきたいと思っています。
もう一つは、経営者として人材開発に注力したいと思っています。これもコンサルタント時代に気づいたことですが、大企業では入社すると一人前になるまで手取り足取り教えてくれますが、中小企業ではそうした教育の余裕がなく、右も左もわからないまま現場に投入されて働いているというケースが多く、ポテンシャルを発揮しきれていない人材がいるのではないかという課題意識があります。そうした人材の能力を最大限引き出していてくことが私の経営戦略の一つです。
Q. 私費で海外MBAに行くという大きなリスクテイクの直後に、サーチファンド起業というさらに大きなリスクテイクを連続でする、というのはものすごく大きなチャレンジだったのではないかと思います。何か葛藤はありましたでしょうか?
葛藤のようなものはありませんでした。0→1のスタートアップ起業と違ってある程度方法論が確立されていますし、サーチ期間中、サーチャーには活動資金としての給与も発生します。もちろん、投資家からお預かりする大切なお金なので、サラリーマンの給与とは重みも責任も全く違いますが、心強く感じます。
また、サーチャーとしての活動は、究極の当事者意識を持って臨むもので、そこでの学びは非常に多く、ビジネスパーソンとしての成長を加速させてくれるものです。私は資金調達のフェーズしか現時点では経験していませんが、大手上場企業の社長と資金調達に関して面談させていただく機会をいただくなど、様々な経験をさせていただくことができています。
Q. これからIESEを含むMBA留学を目指す方、サーチファンドに関心を寄せている皆さんへのメッセージをお願いします。
MBAを目指す方の中には、いつかは経営者(経営層)になりたいと考えている方も多いのではないでしょうか。私もその一人であり、その想いを早期に実現できる手段としてサーチファンドを選びました。
嬉しいことに、最近「いつかサーチファンドに挑戦したい」と言ってくださる方が増えてきています。しかし、一歩を踏み出さない限り、その「いつか」は永遠に訪れません。もし少しでもサーチファンドに興味があるなら、MBA卒業直後に挑戦することを強くお勧めします。
みなさんが夢を実現するために、私も微力ながらお力になりたいと思っていますし、IESEはサーチャーを目指す上で最高の環境だと自信をもってお伝えできます。