リーダーシップについて
Q. 100年企業・上場企業であるマンダム社を39歳で承継された際、どのようなことを考え、どのように社員・取引先・投資家などのステークホルダーをまとめていかれましたか?
我が社のような企業においては一度社長職に就くと、私の父(現会長)を含め、四半世紀にわたってその座を保持するのが慣例となっています。
前社長の経営を見ると、決して独断専行でなく、合議制で進めていく経営でしたが、それでも前社長は70歳近くて会社の中でも最高齢、役員との年齢差が大きく、組織の活性化が求められる状況でした。私が社長を引き継ぐ直前は、インバウンドブーム、デジタル化、そしてコロナと社会環境が激変しており、次世代に経営のバトンタッチが不可欠との判断に至りました。
社長に就任した際、私が最も意識したのは、「守るべきものをしっかり守る、変えるものは大胆に変える」ということでしょうか。風通しのいい会社とは言え大企業特有の硬直化が見られる部分も否めませんでした。この2~30年、幸運なことに男性用化粧品は同じ主力ブランド・同じビジネスモデルで順調に成長を続けてきた一方で、市場の成熟期を迎え踊り場に立っているという課題も認識しておりました。
当時の状況で言うと、幸か不幸かコロナで身動きが取れなかったので、関係各所とのコミュニケーションに時間を割くことができました。新型コロナウイルスの影響は甚大であり、国内の化粧品出荷高はバブル崩壊前後の1990年代前半のレベルまで落ち込むという事態に陥りました。
このような状況下において、私は全社員を対象とし少人数グループを作っての対話会を実施、全国、海外各拠点を訪問し社員とのコミュニケーション強化に努めました。セルサイド・バイサイドそれぞれの投資家との意見交換会を積極的に開催し、社外とのコミュニケーションにも力を入れてまいりましたました。ステークホルダーとのコミュニケーションのうち、IR(対投資家コミュニケーション)はいまでも一番時間を割いています。
Q. そうした対話に注力したからこそ得られた知見のようなことはあったのでしょうか?
経営者として、コミュニケーションの難しさを改めて痛感しました。どれだけ言葉を選び、相手のことを考えながら話をしても、自分の想いを100%伝えきるのは本当に難しいものです。日々話している自分の周りの人間にはある程度自分の考えが伝わっていると感じていますが、何百・何千人といる社員が、同じように心の底から理解してもらえるのか、そう簡単にはいかないことに気づかされました。社員と話す1~2時間のセッションでいろいろ工夫を凝らして話をしてみましたが、彼らの質問に一つ一つ向き合う中で、まだまだ伝える努力が足りないなと気づかされました。
Q. MBA、それ以前からも経営者となることを意識なさって準備なさってこられたと思うのですが、経営者となってはじめてわかったこと、衝撃を受けたことなどあれば教えてください。
衝撃ですか(笑)。社長として自分の身に起こることは、一応全部想像はついていましたが、想像をはるかに超える責任の重さを痛感することは多々ありました。ステークホルダーとの関係構築もしかり、権限委譲して自分が直接関わっていない会社の方針についても、組織全体の経営に関する決定については、最終的な責任が私に帰属することを改めて認識いたしました。
想像以上に違ったなと思うのは、常に周囲から注目されているという自覚が必要になったことです。極端な話、飛行機に乗っている時も、私の所作一つ一つが見られているということです。経営者としての責務を全うする上で、本業に匹敵するほどのプレッシャーを感じています。例えば、移動中に見ているスマートフォンの画面一つ、言動一つとっても、マンダムの社長としてふさわしい振る舞いかどうか、常に自問自答を繰り返しています。
Q. 経営者として、不確実性や掌握できていない情報もある中で何らかの決断を下す際、どのような基準・哲学等のもとで判断なさっていますか?創業家の5代目として会社のあるべき姿についてどのように考えていますか?
対資本市場という文脈でまず重視しているのは中長期的な企業価値の最大化で、そのために何ができるかを基本スタンスにしています。例えて言うと、私は駅伝のタスキを持って走っているようなもので、次のランナーによりよい状況で引き継ぐことが私の本懐です。多様な投資家の増加に伴い、短期的な利益を優先する声も高まっておりますが、私は正々堂々、中長期的な成長を軸においています。
資本市場の評価だけにとどまらない判断の軸を言うと、「自分たちのやろうとしていることはマンダムらしいことか?」、「それは世の中に対してマンダムがやる意義があるか?」ということを考えています。社員にも伝えていますが、企業理念やスローガン “BE ANYTHING, BE EVERYTHING.”(意味:なりたい自分に、全部なろう。)、これに合致しているかを考えています。
経営者としての研鑽としては、人的ネットワークを通じた情報収集を継続的に行っております。現状、ビジネス展開はしていないですが、将来を見据えて、機会があれば欧米での国際展示会に行くなどグローバルトレンドの把握に努めています。
そうはいっても企業経営は、常に変化を伴う舵取りであり、容易ではありません。例えば「新しいことに挑戦していく」、「昔からあるものも感傷的にならずに変えていく」と双方の視点が重要だと考えていますが、会社の軸からあまりに外れているようだと、父である会長が釘を刺してくれます。「これは会社として、マンダムとしてどうなのか?」。そういう感覚は、勘所としか言えないですね。
経営陣のみならず、全社員が当社の価値観、理念を共有し、行動に移すことが重要であると考えております。社員全員がクレドカードを携帯し、定期的にマンダムのバリューとは何だろうかを考えるセッションの時間を取ってもらっています。特別なことをしているわけではないですが、あたりまえのことをあたりまえにやっていく、継続的に改善を重ねていくことが、企業の持続的な成長につながると思っています。
Q. 39際で社長となったとき、自分より年上の役員陣がいらっしゃったかと思いますが、信頼を勝ち取るためにどのようなことをなさったのでしょうか?
社長になる以前、常務時代・執行役員時代に一緒に仕事してきた仲間だと思っていますし、若輩ながら自分を推挙してくれたのはその方々だと思っています。なので、信頼関係を築くという苦労は大きくはなかったのですが、同時に役員のみならず、全社員に対して私の考え方を浸透させ、組織全体の共感を獲得することが、最も重要な課題であると認識していました。
Q.将来的なキャリアとして、サーチファンドによる企業承継や、起業家となることを考えているのですが、西村さんの経験の中で、経営者に向いている人・向いてない人の特徴、MBA経由で若くして経営者になった時に気を付けること等、言語化できる範囲でアドバイスをいただけませんでしょうか。
当然企業のタイプや、業種にもよるのですが、飽きっぽい人は経営者に向いてないと思うことがあります。というのも、ある程度の規模と歴史を持つ会社の事業は、既存事業の安定的な運営を維持しながら、同時に新たな成長の種を育てることが求められます。
例えばある業界において、外部環境が変わらないのでそれまでの波に乗って経営していけることがありますが、そうした変わらない状況で、自律的にどう変化を起こせるか?よく、米国の企業エグゼクティブはスタイルがしっかりしているという話がありますが、それも自律性・自己管理能力が普遍的な経営者の資質を示唆している例じゃないかと思います。一見、活発な動きがみられる企業の様に見えても、本質的には変わらない経営のルーティーンというのがあります。そうした中で、自分からコンフォートゾーンを超えられるか、いかにゼロベースで物事を考えられるか?が問われます。
スタートアップ起業家はゼロから何でも作るかもしれませんが、事業を承継したり、昇進によって経営者になると、「これは前からこうだからこういうものだよね」という思い込みを持ってしまうことがあるもので、それを無くさないといけません。
例えば、「若い男性へのスタイリング剤のシェアに改善の余地があるのでは?」という議論があったとして、「改善のためにギャツビーブランドをリニューアルしたい」という声が上がったとします。しかし、よく考えてみると若い男性向けの市場において必ずしもギャツビーブランドが最適であるとは限りません。これは、無意識のうちに『若年男性=ギャツビー』という固定観念にとらわれていたということになります。だギャツビーブランドが若い男性向け市場への最良の手段なのか、そもそもマーケットの定義が正しいのか、そういうゼロベースの思考で現場が考えられたらベストですが、そのような議論に陥ったときに、経営者にしかできない舵の切り方があると思っています。別の方向に舵を切るのではなく、前と同じやり方で荒波にじっと耐えるタイプの経営者も否定はしませんが、皆さんにはそこで新しい価値を作れる人になってほしいと思います。
また、そうした戦略眼だけでなく、人格面でも、私利私欲に囚われず、社会や社員のことをまず考え、長期的な視点で物事を考えることが重要です。自己の利益は、そうした貢献を通じて間接的に得られるという考え方こそが、真の成功、豊かな人生へとつながると信じています。
インタビュアー:
Co25: 尾島、横山、梶原、土井
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