Q. 今のようなお考えは、どういう原体験から来ているのでしょうか?
ベルギーでやっていたTVプロダクションの仕事が近いかもしれません。ベルギーから国外、例えばブラジルに行って、取材をします。私の仕事はケータリングマネージャーで、何百人もの関係者の食事の手配をしていました。外国という環境で仕事に専念できるようにするために、皆のコンデイションを把握しながら仕事を進めていました。
また、会社の学びとして例えば現場を良く見ないで出店して損をしたこともありました。バックオフィスの部署には店舗の社員から登用することも多々あります。そうすることで部署間のコミュニケーションは圧倒的に楽になり、現場の肌感覚も活かせます。
Q.現場と経営の考えの衝突のようなものはあるものなのでしょうか?
いくらでもありますよ。「MBAって何?」という社風の会社に入って、こうした方が効率いいよね、みたいなことはたくさんありましたが、いくら正論でもロジックだけでは人間は動きません。「そうだよね」みたいな共感が必要です。熟練のラーメン職人に自分の考えをどうやって伝えるか?スモールサクセスの積み重ねです。ノンクリティカルなところで小さな工夫、改善をやって見せて、この人は店のためを思って色々考えてくれてるんだ、と信頼を獲得することを繰り返して、そこで初めて大きな提案ができるものだと思います。「MBAを取得した僕の計算によるとこうすれば…」は絶対ダメな例です。
Q. 大企業のコーポレート組織にいて、現場見てこいとよく言われていましたが、そこにはトレードオフがあって、現場にいすぎると全体観が見えなくなるのではないかと思っていました。そのバランスをどう取れるものなのでしょうか?
あくまで飲食業の話ですが、現場がすべてです。本社は本社、現場は現場、それぞれと役割がありますが、最も重要なのは現場です。もちろん業界が違えば考えも違うと思いますが、例えばAmazonにしても、「CX(カスタマーエクスペリエンス)の最大化」を掲げており、それがAmazonにとっての現場であり、それを良くするための投資マーケティングがあるはずです。我々にとってはマーケティングとブランディングのすべての柱が店舗です。
コロナの時を振り返ると、本当に厳しい時期で、キャッシュフローも苦しかったのですが、その時創業者が言った「一店舗でも残ればいい、一店舗でも残ればそこからもう一度立ち上がれる。」という言葉が救いになりました。
皆さんがどういう業界で働くにしても、お客さんがどういう顔をしていて、お客さんの喜びをどう最大化させるか、それを最優先に考えてください。
会社について/日本食について
Q.パリだけでなく、ドイツ、スペインとヨーロッパへの進出意向を伺いましたが、どのような市場機会と課題を感じられていますでしょうか?(また、バルセロナを選ばれた理由についても伺いたいです)
なぜバルセロナかというと、その豊かな食文化にあります。南フランス・イタリア・ギリシャ等地中海側には同様に確立した食文化がありますが、バルセロナは特にMWC(モバイルワールドコングレス。通信業界世界最大級イベント)などの大規模なイベントや、住民の国際性などオープンさを兼ね備えた街であり、将来性が高いとみています。
人口とか経済成長みたいなトレンドのデータはもちろん重要ですが、それ以上に大切にしているのは体験です。現地に行ってみて、そこでどんなものが食べられているかを見て、それだったら受け入れられるかどうかを肌で感じることを重視しています。

一風堂 ロンドン店
Q. ラーメンは欧州ではかなり人気ですが、それゆえに日本人からすると疑問符をつけたくなるような味の店も多く、ちゃんとした日本のラーメン屋さんが進出すると簡単に市場を席捲できるのではないかと素人として思ってしまいます。実際のところはどのような課題、難しさ、競争環境があるのでしょうか?
もともとラーメン文化がない地域に店を出すということは、人々が食事量が変わらない以上、既存の食事市場のシェアを奪う必要があります。つまり、私たちのやっていることは市場の創造ではなく市場の獲りあいで、現地の人が食べ慣れ親しんでいるものや、お店との競争になるということです。
また、日本からすると、という言葉も出ましたが、考えてみてください。日本人からするとカリフォルニアロールは寿司でしょうか?疑問符はつくかもしれませんが、世界で食べられている寿司の大多数はそのようなロール寿司です。つまり、外国の食べ物は、好きに解釈して好きに作ればいいと思っています。伝統と言っても、今のような握り寿司の歴史は数百年、ラーメンに至っては100年程度です。なので、これが正当なラーメンだと押し付けるのはやりたくありません。経歴上、皆さんよりたくさん、世界中で美味しくないラーメンを食べましたが笑、逆に言うとラーメンはそれだけ広がる可能性、もっと美味しくできる可能性があるということです。それは日本風にするという意味ではありません。また、日本料理店は世界で20万軒程あるそうなのですが、そのうち日本人や日本企業が運営している店は1割もありません。こんなに可能性があるのに、もったいないと思います。
またこういう話題になるとローカライズの話も出てきますが、一風堂の場合、ある程度のローカライズは行います。、それでも仮に全世界の店舗の白丸(一風堂のとんこつラーメンの名称)を集めて食べ比べしたとしても同じだよね、という感想を持ってもらえるようなクオリティは維持していると自負しています。
Q. 経営者、リーダーとして大切にされている価値観はございますか?
非常に難しいことですが「いいことはおかげさま、悪いことは自分のせい。」です。人間、いいことがあったら自分の手柄にしたくなり、、悪いことがあれば他人のせいにしたくなりますが、私はお客さんが喜んでくれてよい結果が出た時は、社員、取引先、お客様のお陰、と思っています。大げさではなく、100:0でそう思っています。もちろん、生半可な気持ちでやった上の失敗は許されませんが、頑張ったうえでの失敗であれば、それは私の責任です。
結果が悪かったら、本当に全力を尽くしたのかと疑いたくなるのが人情ですが、だからこそ、途中での声掛けや相談を通じて軌道修正できるよう注意しています。幸いなことに、当社は全力を尽くしてくれる仲間が多く、おかげさまで助かっています。
インタビュアー:
Class of 2025 尾島・壺谷・干畑・小川
Class of 2026 辻井