マネジメントの仕事について
Q. 経営の意思決定の中で、「あちらが立てば此方が立たぬ」ようなシーンがあったとして、どのようなことを考えて決断なさいますか?また、それによって生じるハレーションにはどのように向き合ってこられてきましたか?
たしかに大変だが、これこそマネジメントの仕事だよねって思っている。いつも社内に話している基準は、「その方針はお客さんを向いているか?」ということ。私たちが作っているのは薬の原薬で、最終的な薬品の向こうの患者のためになるかを考える。
もう一つの基準はフェアかどうか。周囲の意見は絶対に聞く。聞きました、というアリバイじゃなく本当に傾聴する。自分一人が判断する時、必ず盲点がある。相手の意見に真剣に耳を傾け、「この人が言ってることの意図って何だろう?」と考えると、いろんなことが見えてくる。
最後に、判断基準がいつもブレてないことが大事。でないと、部下からすると「何をもってこいつは決めてるんだ?」とわからなくなる。
Q. バルセロナの拠点を買収した時、グローバルスタンダードの働き方だったお陰で円滑にいったということですが、それは買収前の時点からわかっていたことでしょうか?それともポジティブサプライズでしたでしょうか?
デューデリジェンスの時点である程度はわかっていた。大変だった、いや今もチャレンジしているのが、もともとコストセンターであった工場を事業会社に変えるということ。製造拠点からCDMOになったとしても、現場の仕事は変わるわけじゃない。言われたことをきっちりやる文化が根付いている。しかし、業態がCDMOになると、お客さんによって要求も、タイムラインも違って、フレキシブルかつプロアクティブに動かないといけない。
また、事業会社になるということは、プロジェクトマネジメントだったり、営業だったり、新しい部門を作る、あるいは強化することになるので、外から人を採用する。そうすることで外の空気が入ってきて、刺激となり、変化を促すという側面もあったと思う。
Q. そうした文化変容は、どのように現場に落とし込まれているのでしょうか?
人事部が主体となって、文化変革プロジェクトを立ち上げて、5年がかりでいろんなことをやってきた。大事なのは、英語が話せるマネージャーに伝えて、彼らから部下におろしていくのではなく、スーパーバイザー(係長)レベルまでプログラムに入ってもらうこと。英語を話せる管理職以上の層と、そうでない層を分けるんでなく、できる限り何らかの形で参加してもらう。マネジメントするときは英語で話すが、だからと言って社内で壁を作らないように心掛けている。
Q. 私共IESE学生も、バルセロナに来るまで何かしらのスペイン人(企業)のステレオタイプのようなものは持っており、現地で生活する中で主に良い意味でそれは裏切られてきました。スペイン企業に経営者として携わる中で、スペインの文化や経済についてどのような見解を持たれましたか?
こちらにきてすごく驚いたことはいっぱいある。まずは日本が昭和・平成のどこかの時点まで持っていた価値観、家族・ふるさと・人間関係を大切するっていう価値観が息づいていること。
一方で同時に、バルセロナという街は外に対してとてもオープンなこと。友人で、こちらでお店を開いた方がいるのだが、なぜバルセロナで店を出したか聞いたら、実は出張で2回だけしかきたことがないのにバルセロナに決めたそう。曰く、ヨーロッパは何か国も回ったが、バルセロナでは一度も嫌な思いをしたことがないから。確かに、コロナの時、ヨーロッパの他の国ではアジア人差別を受けた友人が居たが、私たちがコロナ真っ盛りでバルセロナに来た時、嫌な思いは全くなかった。気候もいいので、人々がガツガツしていないのもいいところだと思う。それによって確かに迷惑こうむることもなくはないが、すごく大切なことだと思う。
Q. 少し話は変わりますが、製薬メーカーが新規化合物を見つける創薬への更なる特化を進めている中、CDMO・CMOの需要は今後も底堅いと考えられますが、その需要を求めたCDMO・CMO間での競争も更に激化してくるとお考えでしょうか?また、激化してくる場合、生き残るためには、量産可能な合成ルートの開発と高品質な製造というCDMOの基本的な価値に加え、どのような差別化要素が重要になるとお考えでしょうか?
真っ当なことを真っ当にやる、それで儲けられるのかを考える、に尽きるかと思う。この業界は、市場も伸びているし、CDMOも中国依存から分散しようという流れで日・欧は追い風になっている。差別化で言うとAGCはフッ素化の技術が強く、薬の原体には3割くらいはフッ素が入っているので差別化とは言えるが、全般的にものを作るだけなら参入障壁が低く、いろんな会社が入ってくる。
低分子の原体はものすごくフラグメントな業界で、トップ企業でも数%シェアがあるかどうかという市場。どう差別化するかというと、意外に、トップファーマ水準の品質を持ちながら、フレキシブル・アジャイルに顧客の要望に対応できてコスト競争力もあるという会社はほとんどない。基本的なことだがとても難しく、これができれば絶対勝てると思っている。
お客さんに対してはよく「200年の経験」と言うが、どういうことかというと、AGCは1917年に化学品事業を始めたので、まずこれで100年。次に、このスペインの工場はトップファーマの水準で60年操業してきた。最後に、AGCのCDMOの事業の歴史が40年。
実際実力はものすごくあって、GMP(Good Manufacturing Practice、医薬品の製造管理及び品質管理の基準)に関してはこの20年で5回FDA(アメリカ食品医薬品局)の査察を受けているが、Form 483(FDAが査察時に出す改善要望書)を出されたことはゼロ。本当にこれは凄いことで、理由の一つに従業員の定着率が凄く高いことがあると思う。
目下のところ、自己都合退職はたったの1.8%だし、勤続10年以上の社員が7割、平均勤続年数は15年にも及んでいる。CDMOビジネスでありがちなのが、トップファーマの工場を買ったけど、やり方が悪くて人が皆辞めてしまって、ピカピカの設備はあるけど動かせる人材がいない、なんて失敗ケース。
若い世代へのアドバイス
Q. 日本企業で歩めるグローバルなキャリアとして、買収した会社に経営者(or 経営陣)として赴くことは一つの王道かと思っています。将来そのようなキャリアを目指す若い世代(~30代前半)に対してアドバイス等あればいただきたいです。
仕事で言うと、20~30代で何をしたかが一番大切だと思う。それは、キャリアを変えるとか、新しいことをせよ、ということでなく、どんな仕事であっても、表面的なやらされ仕事でなく、「その仕事が何のためにあるか?」と俯瞰して見る、「その仕事の周辺はどうなっている?」と深堀することと徹底的に突き詰めること。
大切なのは枠を超えることで、与えられた仕事で満点を取るんじゃなくて、150点とかそれ以上の価値を出せるように、枠をこえることを常に考える。それができているかどうかのひとつのベンチマークは(MBAに来ている皆さんとは少しずれる話かもしれないが)「労働市場で自分っていくらで売れるんだろう?」って考えてみること。もしかすると、「こんだけやってるのにこの給料?」って思うかもしれない。でも、逆説的だけど、もらってる給料とやってる仕事がアンバランスのほうがいい。なぜかというと、「こんだけやってるのに…」というのは、与えられた仕事の枠を超えているってベンチマークだから。
派手な仕事・地味な仕事はあるが、ものは考えようで、どんな仕事でも見方・考え方次第で幅も深さも広げられると思う。
あとは、ビジネススクールにいると、どうしてもキャリアをどう作ろうか先々まで考えてしまうが、キャリアというのは得てして思うようにならない。私も、つい10年前までスペインでこんなことをやるって想像していなかった。今見えてるキャリアパスだけが正解ではないと思う。ずっとポジティブだと疲れるかもしれないが、どんな仕事でも仕事に興味を持って、「なぜ?」「なぜ?」と深掘りしていくと楽しくなるし、学びがある。
Q. そういった意味では、経営を俯瞰的に見ることのできる、MBAで学ばれたことやネットワークはどのくらい現在の仕事に役立っていますか?
実を言うと、学んだことがそのまま役立ったことは案外ない。先ほども言ったが、卒業してすぐ買収したテネシーの会社に行ったがあまりにも歯が立たなかった。しかし、一つ言えるのは起こっている事象を俯瞰して考える時、どんな軸で考えればいいのかというのを鍛えられた。MBA学生の皆さんはこれから会社を経営する立場になることもあろうが、人間一人が見聞きできることって限られている。それでも、限られたインプットから判断を下さないといけないとき、1のインプットを1のまま考えるか、その1をあらゆる角度から見ることで、例えば5倍に膨らませて考えられるか?ビジネスにおいて一つの事象を見たときいろんな考え方をして、多元的に見れるようにする、それがMBAの価値だと思う。
人脈については、直接役に立ったことは1度あるかないか。そもそも、友達と仕事は別かなと思っていて、友達としてのつながりを仕事で利用するのはあまり好きではない。しかし、人との出会いという意味で一番よかったのは、自分をハイレベルな集団の中でベンチマークできたこと。正直レベルが違うと思ったことは何回もあって、今でも覚えているのがある日のオペレーションの授業で製造業の話になった時、コンサルティングファームでわずか2年のキャリアしかない年下のクラスメートが、まるで現場で働いていたのではないかというほど正確に工場のことを言い当てて衝撃を受けた。
しかし、勝てないっていう相手と自分の間にすごい差があるかというとそうでもない。むしろ、現場の空気を知ってるんだという点では自分は勝っている。そう考えるようになってからは、相手がCEOだろうが何だろうがあまり気後れすることはなくなった。
Q. 経営者の資質を育むために有益なキャリアパスについて伺いたいです。例えば会社によっては基本的には同じ事業部やカンパニー内で昇進していくキャリアパスが一般的ですが、一方でジョブローテーションのように、違う事業をある程度若いうちから経験させることで、将来のリーダーを育てるという考え方もできると思います。一つ所で専門性を高めるか、あえて回り道をして見聞を広めるか、それぞれの選択についてどのようにお感じになられますか?
日本の会社だとジェネラリストにどうしてもなる。良く考えるといろんなことができるからすごくいいんだが、でもそれに浸かると考えることを忘れてしまう。なので、意識的に自分の軸を作るべきだと思う。いろんな仕事をやると軸を作るのは難しいが、私はむりやりファイナンスで軸を作った。具体的な仕事はそうではなかった。それでも、海外子会社の管理をしたらB/S(貸借対照表)・P/L(損益計算書)を見るなど、それなりに経験も積めたし、MBAでもなるべくファイナンス系の授業を取って、USCPA(米国公認会計士)の試験も受けたり、なんとかして自分で軸を作りに行った。
Q。成功の秘訣はリスペクトとホープというのが、過去のM&A案件の経験からもしっくりきました。特に、「ホープ」について、独自性がありながら現場に納得感のあるホープを描くのは難しいと思うのですが、どう工夫なさいましたか?
幸運だったのは、AGCとしてはCDMO事業を伸ばそうと思って投資したのがこの拠点の買収だったことです。いわゆるファンド的な、オーバーヘッドの費用が重いところをバッサリ切って…のような方針だったら大変だった。ただ、そのようなコスト削減中心にインテグレーションしなければならなかったとしても、私はお客さんをまず見ると思う。事業はなぜ成り立つかというと、世の中の役に立つから成り立っており、そのために各部門が価値を出せているかで見る。そういうのはちゃんとステークホルダーと話していくと見えてくるが、きれいごとを言っても最後は人間力になると思う。
MBA生の皆さんもいずれ経営する立場になるとわかると思うが、売上でいうと年商500億までは何とか自分の目を行き届かせることができる。いまの会社は350人くらいで、会おうと思えば全員会える規模感。しかし、売上が1,000億を超えてくるとと、自分一人の人間力で見るのはもう限界で、そうなると経営者として違った能力が必要になり、それまで優秀であっても息詰まるということがある。それを超えるのもまた、人間力かもしれないが。
インタビュアー
Class of 2025:尾島・真弓・横山
Class of 2026:坂井・栗山
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