Q. ものすごくしっかりした体制ですね。それでもなお、日本語はあいまいさという意味で難しい言語だと思うのですが、どう思われますか?
曖昧な言語だと思いますし、日本語自体が曖昧なだけでなく、作者さんたちは、作品を面白くするために日本語のあいまいさをわざと使っていますね。
例えば、男性のふりをしているが実は女性で、そのことを読者にもわからないようにしているキャラクターっていますよね。そうしたトリックは、日本語のしゃべり方だとわかりませんが、スペイン語だと「私(女性)は疲れています「Estoy cansad”a”」というように、話し手が男性(形容詞が”o”で終わる)か女性(形容詞が”a”で終わる)によって形容詞の語尾が変化してしまうので、わかってしまうんですね。それだとネタバレになってしまうので、「Tengo cansancio」(私は疲労を持っています=眠いです)のように、性別による語尾変化をしないようにスペイン語の文法を工夫します。
あるいは、手塚治虫の『リボンの騎士』の主人公、サファイアは、本当は女の子だけど、ごく一部の登場人物以外には男の子と思われていますよね。そうしたとき、普段は男性用の文法を使いますが、彼女が実は女性であることを知っているキャラクターと話す時には女性用の文法を使う、そういう工夫もしています。
あとは、「猫がいます」という言葉は、スペイン語だと単数か複数か、不確定かどうかで4種類に訳せてしまいます。どう訳すべきかはコンテクストでわかるのですが、そうでないときもあって、例えば『ひらやすみ』という漫画だと、七夕祭りのためにハリボテを作るのですが、あるシーンで1個のハリボテを作る場面が描かれていたので単数形を使ったところ、次の話では実は何個も作っていることになっていて、ミスになりました。
©「ひらやすみ」第7巻 58日目(話)、真造圭伍作、小学館 (マルクさんの翻訳作業中の印あり)
この話では1つだけ作っているように見えたハリボテ
©「ひらやすみ」第7巻 59日目(話)、真造圭伍作、小学館 次の話で、ハリボテを複数作っていたことが分かった
Q.日本人からすると当たり前なこと、たとえば「妖怪」は、スペインの人からすると謎の概念ではないのかと思いますが。それを伝えるにはどう工夫していますか?
最初はそうでしたが翻訳の仕方も変わりました。例えば『犬夜叉』を訳した時、「妖怪」では伝わらないので、「モンスター」とか「スーパーナチュラル」という言葉を使っていたのですが、だんだん「妖怪」で通じるようになり、いまは「Yokai」とスペイン語で普通に書いています。他にも、日本食だと刺身は「pescado crudo(生の魚)」と説明的に訳してたのですが、いまはそのままで通じます。
Q.翻訳のクオリティについての読者からのフィードバックは、出版ライセンス契約をしている出版社経由で得られるのでしょうか?
いいえ、X(Twitter)とかブログとかで、表現や間違いがあったらみんなフィードバックをくれるので、インターネットで検索して改善に努めています。おかげさまで、毎月120冊ほど翻訳するときもあるのですが、出版社からのクレームはほとんどなく、信頼していただいています。
Q.そういった翻訳の時のナレッジはどう共有していますか?
社内でマニュアルを作ったり、勉強会を開いたり、クオリティコントロール用に過去の失敗をまとめた事例集を作っています。
日本の漫画文化について
Q.一読者として、日本の漫画の表現の多様性、例えば釣りの漫画、料理の漫画、ボーイズラブの漫画、というように色々な種類の漫画があることについてはどう思いますか?
読者として、色々な漫画があることは本当に好きです。僕が好きなのは『課長 島耕作』。日本の会社がどう動いているかがわかります。最近は『社外取締役 島耕作』でしたっけ。皆さんも読みましたか。他に好きなのは『美味しんぼ』、『ゴルゴ13』で、僕が好きなのは読んで学べる作品です。冒険もの、BL、ロマンス、なんでもあって、まるで一人の読者のために一つの作品があるように感じます。最近は『ざつ旅-That’s Journey-』という旅行の漫画が、まだスペイン語版は出てないんですが、私は日本を旅するのが好きなので、次にどこに行くかのヒントを得ています。また、「こんな発想があるのか」と驚いた漫画は『戦車椅子-TANK CHAIR』という武装した車椅子のキャラクターが戦う漫画とか、「夫が実はヤクザだった」みたいな日本でしか出版できないような漫画です。あと、私の娘は、『エクソシストを堕とせない』が大好きなようです。
Q.漫画文化が広まっていくにつれて、スペイン人の漫画家も出てきているのでしょうか?
はい、日本の漫画のスタイルで描くスペインの漫画家もでてきました。例えばペアの漫画家が『Arashiyama』という面白い作品を書いています。他にも、日本に進出したスペイン人漫画家も二人いて、一人(ケニー・ルイスさん)は手塚治虫のキャラクターで『チーム・フェニックス』という漫画を描きましたし、もう一人(フアン・アルバランさん)はモーニングという雑誌で『マタギガンナー』という漫画の作画を担当しています。
スペイン以外で言うと、あるフランスの出版社は、日本と同じやり方を取り入れ始めました。つまり、漫画家に担当編集をつけて、ネーム(ラフな下書き)から漫画を描かせています。確か、フランス人が『RADIANT』という漫画を出して、いま20巻以上出ているはずです。日本にも翻訳版が出て、アニメにもなったはずです。
オフィスはまるで漫画の図書館。漫画の知識には自信のあったインタビュアーでしたが、1/4程は知らない漫画がありました。
Q.少し漠然とした質問になりますが、スペインと日本の文化の違いはどういうところにあると思いますか?
あらゆる部分が違う、何でも違うと感じるのですが、なぜか相性を感じます。自分の性格がたまたま日本人の性格に合うだけなのかもしれないですが、日本を旅行するたびにアットホームに感じます。日本文化には優れたところがたくさんあります。例えば、歴史を大事にしているところ。また、スペインの半分の面積しかないのに地方ごとに異なる食文化、美しい四季、そして仕事への真摯な姿勢。仕事への熱心さは、私の会社の仕事への向き合い方にも取り入れていますが、それでも日本人のそれは、少し度を過ぎてると思います笑。
ありがとうございました。
インタビュアー
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