まえがき
私たちIESE日本人在校生は、魅力的な生き方をされている方にインタビューをし、自分たちのキャリアを見つめ直す機会とし、また日本の皆さまにも考えるきっかけを作りたいと考えています。
今回は、IESEの卒業生であり株式会社ファイターズ スポーツ&エンターテイメントでボールパーク構想を推進してきた小川太郎さんにお話を伺いました。
小川太郎さんについて
幼少期を東京・モスクワ・ソウル・ハワイなどで過ごす。大学卒業後、丸紅で約7年間海外プラント建設に従事し、東南アジアを中心にプロジェクトを推進。IESE Business SchoolでMBA取得後、2017年に株式会社ファイターズ スポーツ&エンターテイメントへ入社。現在は北海道のエスコンフィールドを中心にボールパーク構想を推進する。
北海道でのボールパーク構想について
-北海道ボールパークFビレッジ(以下、Fビレッジ)は、スタジアムという枠を超えて、コミュニティづくりを含めた「街づくり」に近い構想だと感じています。このプロジェクトには多くのステークホルダーからさまざまな提案が寄せられてきたと思いますが、その中で大事にされているポイントはありますでしょうか?
私が所属する株式会社ファイターズ スポーツ&エンターテイメントは、球場を自前で保有・運営しています。開業から3年が経ちましたが、周辺施設にはパートナー企業の皆様にも入っていただいており、3年後には新駅も完成予定です。まさに現在進行形で「街づくり」が進んでいる状況です。
私自身はFビレッジが開業する6年ほど前に入社しましたが、当時は球場建設自体が決定しておらず、他社からの引き合いも多くはありませんでした。そのため、こちらから一社ずつ声をかけて回る日々でした。 反応としては、7割が「絶対無理だ」や「すごいね、頑張って」といった他人事のようなものでしたが、残りの3割からはポジティブな反応をいただけました。
私たちが求めたのは、ファイターズの集客力に過度に依存せず、各事業者が独立独歩で経営できることでした。そのため、「街全体を盛り上げる」という理念に共鳴してくれるパートナーへのアプローチを重ねました。実際、想いが一致する事業者とは上手くいくケースが多いです。 実績ができた現在は多くの引き合いを頂いていますが、「次世代向けの価値創造」をテーマに掲げ、志を共にする方々と街づくりを進めています。
-街づくりに関して参考にされている他社・他都市の事例などがあればお伺いしたいです。
スポーツビジネスに関しては、米国・欧州が参考になります。米国ではプロスポーツと自治体との協業が大きなトレンドになっています。プロスポーツチームが自治体と連携して自前のスタジアムを持つ。そうすることで、チームの収入が増加し、結果として地域の税収も増えるという好循環が生まれています。
ただ、官民連携のモデルは地域性に大きく依存するため、海外の事例をそのまま適用することはできません。例えば、アトランタで成功したモデルをそのまま北海道に持ち込んでも、必ずしも機能するわけではないのです。 そのため、スポーツ界の事例にとどまらず、複合開発を行うデベロッパーや、ディズニー、USJといったテーマパーク事業者のアプローチも幅広く研究しています。
-日本では、スポーツでお金を稼ぐことに対して、ある種の拒否感を示す風潮がまだあるように感じます。その根底には「学校教育における体育」という価値観の影響があるかと思いますが、今回の構想を進めるにあたって、周囲からの反対はありましたか?
チーム内では共通の価値観を持っていたため反対はありませんでしたが、外部からは反対の声もありました。ある程度の反対意見が出るのは仕方がないことだと思います。
ただし、私たちもお金だけを稼げばいいとは考えていません。持続的に収益を上げる仕組みを作り、その利益をどこに再配分していくかが重要だと考えています。特に、次世代にどう振り分けるか、どう投資していくかという観点を非常に重視しています。稼ぐことと還元の両方の側面が必要だと思っています。
-周囲の意見を押し切り、思い切ってプロジェクトを進めるにあたり、大きなチャレンジがあったと思います。どのように乗り越えていったのでしょうか?
親会社の日本ハム株式会社(以下、日本ハム)は、工場建設に数十億円を投資し、製造・販売して投資回収をする堅実なビジネスモデルを持った会社です。対して今回は、球場建設に約600億円という桁違いの投資を求めるものでした。当初は外部資本を導入する案もありましたが、最終的には自前での挑戦が決まりました。 この前例のない巨大プロジェクトを成立させ、周囲を説得して推進できたのは、前沢賢と三谷仁志という、強力なリーダーシップを持つ2人の存在があったからです。
2人は対照的な経歴と強みを持ち、互いに補完し合いながら一蓮托生で動いているように思います。 前沢は、横浜DeNAベイスターズ(以下、DeNA)や侍ジャパンなどスポーツビジネスの世界で実績を積んだたたき上げです。高いレベルで野球をプレーした経験もあり、野球への情熱を持ちつつ、Fビレッジの運営においてはビジネスとしての収益性もシビアに見極めるバランス感覚があります。何より他人を巻き込む力が凄まじいです。 一方の三谷は、住友商事で財務畑を歩み、Kellogg MBA、オリックス・バファローズを経て参画した、とにかく頭の切れるビジネスパーソンです。
この2人の活躍については、書籍『アンビシャス 北海道にボールパークを創った男たち』でも詳しく描かれていますので、興味のある方はぜひ読んでみてください。
-強力なリーダーの下で働く中で、ご自身のリーダーシップスタイルは見えてきましたか?
自身のリーダーシップの方向性については、今も模索している最中です。その2人のスタイルを目指すべきか迷った時期もありましたが、今は自分に合ったやり方を確立させる方向で考えています。
-新規プロジェクトでは、通常本社からマネジメントが派遣されることが多いと思いますが、日本ハムがプロパーではない2人にリーダーを任せた意思決定の背景について教えてください。
前沢は、DeNAや侍ジャパンといった野球ビジネスの最前線で結果を残してきました。その実績を裏付けに、粘り強く球団への提案を続けてきたのです。 プロジェクトが進むにつれ、「彼が言うなら、本当に実現してしまうかもしれない」と周囲に思わせる推進力がありました。彼ら2人が持つ「強さ」、ある種の「面倒臭さ」とも言えるほどの執念が、最終的に周囲を説得できた最大の要因だと思っています。
彼らの強力な推進力があったからこそ、Fビレッジは実現し、ビジネスとしても大きな飛躍を遂げました。実際に、球団の売上は2倍、営業利益は4〜5倍に成長しています。 この利益水準は、グループ全体で見ても特筆すべきものです。 親会社である日本ハムの本業は、食肉・加工食品という性質上、どうしても薄利多売のビジネスモデルになりがちです。しかし、現在のスポーツビジネスセグメントは営業利益率が約20%に達しており、グループ内でも高収益事業としてIR(投資家向け広報)の重要アジェンダに取り上げられるまでになりました。
-競技人口の減少という構造的な課題に対して、Fビレッジという空間やコミュニティの力を使ってどのようなアプローチが考えられるでしょうか?
ボールパーク構想の原点には、2008年頃から加速する本格的な人口減少トレンドに対する強い危機感がありました。しかし、一球団が競技人口を直接増やすのは容易ではありません。そこで私たちは、ターゲットを「観戦者人口」の拡大へと広げました。
野球目的以外でも自然と人が集まるよう、サウナやシニアレジデンスなどを整備し、スポーツが日常に溶け込む空間づくりを徹底しました。その結果、レジデンスに住む高齢者が、野球を共通言語にお孫さんと団らんするといった、多世代交流の光景も生まれています。
-Fビレッジを運営されるうえで、競合としてはどういった先を想定されていらっしゃるのでしょうか?
難しい質問ですが、競合としては他のスポーツチームではなく、エンタメ・アミューズメント施設を一義的に想定しています。「なぜ北広島なのか」という問いに対しても、スポーツの枠を超え、旭山動物園などの観光地との周遊動線を強く意識しました。北海道自体の観光魅力が高まる中で、北海道を訪れた方に「どうやってFビレッジにも足を運んでもらうか」に注力しています。
-地方を拠点とする中での人材採用について、課題や工夫をお伺いしたいです?
採用に関しては、人材不足と言われる中、球団の認知度も手伝って想定以上に順調です。 私はプロジェクトの3人目としてジョインしましたが、2019年に社内を説得して採用を開始した当時は、わずか6人の枠に5,000人もの応募がありました。
採用成功の要因は、①Fビレッジという新規事業への挑戦、②未来志向の事業性、③道内トップクラスの給与水準、の3点だと思います。 実際、メーカーや商社などで経験を積んだ北海道出身者が戻ってくるUターン採用が増えています。地元に貢献できるプロジェクトであることが働く原動力となっており、社員の半数近くを占める北海道出身者が活躍しています。
-非試合日やボールパーク以外の分野に収益を移していくなかで、収益の柱としてどのようなものを考えていらっしゃるのでしょうか?
収益構造は大きく、ゲームデー収入(チケット・飲食・物販)、放映権、スポンサー収入の3本柱で構成されており、自前球場の建設によってこれら全てが伸長しました。さらに現在は、不動産事業による収益も加わっています。
ただ、新球場開業以降は毎試合満員に近い稼働率が続いており、ゲームデー収入の大幅な上積みは限界に近いと言えます。そのため今後は、街づくりを通じた「非試合日(不動産・周辺事業)」の収益拡大に、より一層の力点を置いていく方針です。
-スポーツチームとしての強さと収益のバランスは関係があるのでしょうか?
相関はしますが、どちらが先かという判断は難しいところです。 選手年俸について言えば、当初は12球団の中でも低い水準でした。しかしファイターズはスカウティングと育成に力を入れており、選手がMLBへ移籍する際の移籍金等が、球場建設にも貢献した側面があります。 球場ができてからは、選手年俸を積み上げることができるようになり、それも相まってチーム力が上がってきていると感じます。