特集

変革のリーダーを見出し、才能を開花させる人事とビジネススクールの貢献~ソニーグループ株式会社 執行役 専務 安部様インタビュー

インタビューの趣旨について

 私たちIESE日本人在校生は、自分たちのキャリアだけでなく、将来のビジネスリーダーとして日本の未来のために何ができるか考えていきたい、また日本の皆さまにも考えるきっかけを作りたいと考えています。

 今回はソニーグループ株式会社の人事の責任者であり、企業内大学であるソニーユニバーシティの学長も務められる安部様に、「企業が社員教育においてビジネススクールと提携する意義」、「人事は組織や企業文化をどう変えていけるか」というテーマでインタビューさせていただきました。安部様とソニーグループ株式会社の皆さまは、IESEと提携した社員教育プログラムのためにバルセロナにお越しいただいており、その合間に日本人学生との意見交換、インタビューの機会をいただきました。

安部さんについて

安部和志(あんべ かずし)

 ソニーに40年近く在籍し、日本、米国、英国、スウェーデンで人事部門の要職を歴任。日本で人事のキャリアをスタートさせ、1987年に英国に渡り、テレビ製造工場の人事を担当。2001年にロンドンのソニー・エリクソン・モバイルコミュニケーションズの VPに就任し、組織業績、人事ガバナンス、役員報酬を監督。その後、ソニー・コーポレーション・オブ・アメリカの上級副社長として、ソニーの米国事業の人事施策を指揮。現在は、ソニーグループ株式会社  執行役 専務として、人事、総務、中国事業を統括している。

企業内大学(ソニーユニバーシティについて)

Q. ソニーの企業内大学であるソニーユニバーシティについて、どのような課題意識、ビジョンから生まれたのでしょうか?

 発端は25年ほど前、当時の出井社長の発案で出来た組織です。「企業が成長を持続するためには、現状満足が最大のリスク。世の中の変化に取り残されず、その変化のスピード以上に進化し続けなければ成長は続かない。」という会社のDNAといえるような考えがベースにありました。それを牽引するのは社内の様々なポジションで活躍する、将来の経営候補であるリーダーたち。また、ソニーユニバーシティの活動をさらに推進したのは、リーマンショック後に経験した経営の危機的状況でした。10兆円を超える売上規模にもかかわらず、企業価値が1兆円を下回ると言った状況にまで追い詰められました。

 今は、祖業のエレクトロニクス製品がコモディティ化するなか、ゲーム、音楽、映画などのIP(知的財産)コンテンツビジネスが戦略的な成長牽引分野です。同時にソニーグループが有する多様な事業がシナジーを発揮することが期待されています。ソニーならではの成長のチャンスであると同時に、それを示せないとコングロマリットディスカウント(多角化戦略を取った企業の企業価値が、それぞれの事業単体の企業価値より低く資本市場から評価されること)と言う批判を受けるリスクが常にあります。事業間シナジーの着実で具体的な推進は、机上で戦略を書くことだけでは実現せず、ビジネスの実状を良く理解した現場のキー・プレイヤーが重要な役割を担います。その期待も込め、ソニーユニバーシティには各事業部から広く均等に参加してもらっています。

Q. ビジネススクール、特にIESEとの提携に期待していたもの、今感じておられる手ごたえがあれば教えてください。

 ソニーユニバーシティでは、かつてケースメソッドのようなことも取り入れ、社内のケースを用いたこともありました。ただ、そう言ったプログラムの設計は、それを専門とする外部機関の力を借りた方が効率が良い、との判断から、社外のビジネススクールとの提携を始めました。その後、ビジネススクール自体に「MBAプログラムは、所詮、理論の世界。真に現場で得られる本質は習得できない」と言った批判が高まり、10年ほど前から、より実践的な要素も取り入れた形態に進化し始めていました。私は、その進化のエッセンスを取り入れるべきと思ったのです。

 さまざまな経営資源の中で、日本の生産性の低さに表れているように、私は「時間」と言う経営資源の活用が大きな課題だと思っています。日々の業務における時間もそうですが、人材育成についても、結果が出るのに時間がかかりすぎています。日本の経営者の平均就任年齢は60歳前後ですが、欧米では40代後半です。この差は育成のスピードの違いと言えます。人事の領域で知られる「ロミンガーの法則」によると、人間の成長に寄与するのは、経験が7割、他者からの指導や助言、影響が2割、研修などの人材育成プログラムが1割と言われています。これは決して、経験だけが重要ということではなく、それだけ大きな割合を占めるからこそ、その効果を最大化させ、より効率よく経験を成長に繋げることが重要。
 
 その意味で、人材育成プログラムは、経験や他者からの助言を体系的かつ効果的に統合させる大きな可能性を秘めていると思います。そして大きく進化しているMBAプログラムは、それを高度に凝縮したプログラムだと言えます。今のビジネススクールの学生は、進化したプログラムを大いに活用し、自らが積んだ一定のビジネス経験の価値を、より効果的に拡大・昇華させており、であれば、それを社内人材育成にも活用すべきと考えました。

 どのビジネススクールと組むかは重要な判断で、主要なビジネススクールには一通り声をかけました。我々からの期待を伝えた上で、各校独自の特色を説明、提案してもらい、それらをソニーグループ内の有識者(主にLearning & Developmentの専門家で、多様な事業に在籍するグローバルな顔ぶれ)で聞いて、最終的に投票で選ばれたのがIESEでした。今回、キャンパスに来訪し、実際にプログラムに触れ、教育メソッドを体験して、改めて適切な判断をしたと確信しました。

企業文化と変革について

Q. 企業変革について、事業責任者やミドルマネジメントの理解、協力をどのように得るのか、また、新しい方向性を抽象的な概念に留めず、社員の具体的な行動に繋げていく方法についてお伺いしたいです。

 先ほどの人材育成に寄与する7:2:1の要因にも通じますが、社員の行動に影響を与えるのは、企業理念や組織風土が7割、上司や同僚のようなロールモデルが2割、様々な施策や制度と言うのは1割程度だと思っています。人事部門はどうしても制度や施策の企画、設計に時間と労力を使いがちですが、むしろ制度の背景や目的、具体的な事例や、ストーリーを伝えることの方が重要で、その説明に努めながら共感を得ることに重きを置くべきです。

 社員一人ひとりの具体的な行動に繋げるためには、具体的な行動事例を示していくことが大切です。社員の挑戦を促したい場合、試して、失敗して、学んで、改善した事例、過程を具体的に示し、そこから気づきを促して意識を広めることで、新しい行動様式が広まっていくものです。

Q.社員の行動について、企業文化が社員の行動に大きな影響を及ぼす一方、社員の行動が企業文化をつくっていく鶏と卵のような側面もあると思います。その場合、社員の行動に影響を与える残りの要素として特にロールモデルが重要になると思いますが、事業責任者やミドルマネジメントにはどう働きかけているのでしょうか。

 組織内で権限を持つマネジメントの意識と行動を変えることが大切で、それには万能な秘策はありません。人間の内発的動機にどう働きかけるか、この難しいテーマで参考にしたのはマイクロソフトのSatya Nadella氏です。彼はCEO就任時、適任と思う人を人事外から人事の責任者として登用し、外部の有識者の知見も頼りながら、行動心理学の観点から社員の行動に繋がる要素を分解して解きほぐされていました。私も何度か同社を訪問して話を聞きましたが、行動につながる要因をわかりやすい構成要素に分解して、対象を明確にした上で、それらに対して様々な施策で継続的に働き掛ける、その大切を痛感しました。

マネジメントに自らの行動を振り返ってもらうことも大事です。その例として、ソニーでは約10年前にグループ全体でエンゲージメント・サーベイを導入し、その重要さを社内で唱え続けながら、最終的には役員のボーナスに自部門の結果を反映させることしました。「社内の反応を過度に意識し、本来、下すべき厳しい経営判断を躊躇するようになる」「上司が社員におもねるような傾向を助長する」という反論もありましたが、それでも方針は変えず、全社で実施し続けました。「エンゲージメント・サーベイの時期が近づくと、出張帰りの上司が部下にお土産を買って来るようになった」という笑い話しのような噂も耳にしましたが、それは例え表面的であれ、社員の気持ちを意識する、向き合う、と言うことの証左であり、良い傾向と受け止めていました。

Q.SONYのビジネスがモノづくりからコンテンツにシフトするのを面白いなと思っていました。一方で、ビジネスモデルが変わると、必要となる人材も変わるのではないかと思っていまして、クリエイティブな領域での人材マネジメントの難しさ、チャレンジは何でしょうか?

 世の中の変化によってビジネスモデルが変化し、これまでの専門性が通用しない世界が出現するスピードとスケールは高まり続けています。その変化にキャッチアップしていくためには、現状とあるべき姿を埋める時間差をどうコントロールするかが経営に取って大きなチャレンジになります。

 しばしば、日本の経営者が「変化に対応するためには人材の入れ替えが不可欠だが、日本は解雇規制が厳しく、経営の足かせになっている」と語られるのを耳にします。私は必ずしもそれが問題の本質だとは思いません。経営環境の変化に応じて本気で会社を変えたいのであれば、変わる方法、変える方法、その時間を短くする方法はさまざまあります。例えばM&Aや他社との提携などで外部の知見を取り込み、それを梃子に会社全体の変革を促すと言う方法もあります。

 日本にはポテンシャルの高い社員を抱えている企業がたくさんあります。そうした人材を、外部環境が変わってスキルが時代遅れになったからと言って、人そのものを入れ替えるという手段を拙速に取ることは、中長期的に企業の潜在力を弱めしまいます。長期的なビジョンで、効率的な人材の再配置、リスキル、意識変革を促す、それが本来の人事の仕事です。

Q.今いる人材に、新しい分野の専門性を身に着けて変わってもらうという戦略には、現場からの抵抗だったり、変わるためのパッションが持てない等のチャレンジがあると思うのですが、それはどう乗り越えられるのでしょうか?

 「危機感」と「好奇心」がキーワードになると思います。例えばソニーでは、テレビなどのエレクトロニクス分野では製品のコモディティ化や技術の進化が非常に速く、かつてブラウン管テレビが液晶テレビに置き換わるスピードは想像以上のものでした。その分、エンジニアを始めとした社内の危機感は相当なものでした。同時に、テレビやラジオなどのハードウェアは、あくまでコンテンツを届け、楽しむための「手段」であり、真の目的であるコンテンツビジネスをグループ内に有していることから生まれる「好奇心」は、大きな変革の原動力に繋がったと思います。これらの要素をドライバーにしながら、できるだけオープンに社員と経営環境、会社の状況を共有しながら、変化を働きかけ続けることが肝要だと思います。

Q.過去、米国企業のマネジメントに触れた経験から、あるビジネスや技術が陳腐化したとして、その結果必要なくなった部署ごとレイオフ、逆に必要となった部署は外から人材ごと持ってくるのが米国流に感じています。このやり方はある側面では非常に合理的だと思うのですが、どう思われますでしょうか?

 日本では、スキルが陳腐化した際、簡単に解雇できないから、専門性を有する人材を外部採用することに慎重、と思われている面があります。実際には、多くの企業が、内部の人材の層の厚さを重視し、そのポテンシャルを活用した方が中長期的には望ましい、と考えているのだと思います。優れた人材というのは、スキルや仕事のパフォーマンスだけでなく、企業の価値観、理念に深く共感し賛同していることも含めた総合的な評価の結果です。ソニーでも同様で、最近定めた「パーパス=存在意義」に共感してくれている人材の価値は高く、会社から変革の必要性を真摯かつ適切に投げ掛けさえすれば、社員は真剣に変革に取り組み、持てるポテンシャルが開花される余地が大いにあると信じています。人というのはそういうものだと思っています。

変革をもたらすリーダーについて

Q. 人事という立場からこれまで様々な変革者と接してきたご経験を踏まえ、特にSONYの若手をご覧になられて、これからはどのような人材が変革を成し遂げると思われますか?また、そのような人をどのように支援できると考えられていますか?

ビジネスモデルがシンプルでかつ成長基調にある時代には、かつて広くイメージされていたリーダー像、すなわち、高いカリスマ性と情熱を持って、強力に周りを巻き込みながら、語学力を含めた高いコミュニケーション能力で事業を牽引する、と言ったイメージが一般的でした。人事としても、そのような人材は、あるべきリーダー像として特定しやすかったです。

しかし、大きな変化の中で40年間、人事でキャリアを積む中、「果たして、そのような画一的なリーダー像が、今後も会社に変革をもたらしながら成長を牽引する上で最も重要か?」、という素朴な疑問も大きくなっています。本当の意味での変革とはこれまでの事業や方針とは異なる新しいアイディアや方向性をもたらすことだとした場合、従来型のリーダー人材は実は会社の成長に沿って事業を進めていただけだったと言えるのではないか?とも思うのです。

 その観点から改めて、SONYのキーポジションで大きな成果をあげている人材を思い返すと、一目見ただけではリーダーシップを発揮するように思えないような、意外な人物が多いのです。スタートアップの成功者には内向的な性格の持ち主が多いという話にも通じます。あらゆることをオープンに考え吸収できる点が共通する特徴の一つだと思います。特にコンテンツを作る人は、柔軟かつ深く物事を考えられる人が多いです。当然それだけでなく、成長や目標達成に貪欲で、考えたことをしっかりと行動に移せるということも大事な要素で、そのような人材が真の変革をもたらしていると思います。

 そのような人材は、必ずしも職場で目立ったリーダーシップを発揮しているわけでなく、会議でも物静かなことも多いため、なかなか見つけにくいのですが、人事の役割はそのような人材を発掘して支援することにあります。

Q.前職で組織風土改革のコンサルティングの仕事をしたことがあるのですが、様々なデータを解析してクライアントに提案しても意思決定につながらなかったことがあります。それを踏まえての質問ですが、エンゲージサーベイや離職率等の調査で悪い結果が出て、それを変えるために投資が要るとなったとして、人事でなく全社目線で見た時にその投資を説明・説得できると思われますか?例えは、「それによって結局どれだけのコスト削減/売上アップにつなげるか?」と問われた時、どう回答できるものなのでしょうか?

 投資家からも、最近は人的資本に関する情報開示の要望を受けることが増えていますが、業績と明確に関連する指標はない、難しいテーマです。離職率や女性管理職比率など、さまざまなKPIはありますが、やはり、ある一面を示した数字に過ぎません。今の指標の中で、全ての人事施策の効果が総合的にあらわれてくるのは、エンゲージメント・サーベイではないかと考えます。そのエンゲージメント・サーベイの結果も、さまざまな角度で分析し、こう言った結果に対しては、こう言った施策やアクションを取ると、こういう成果が出る、と説明できるのが理想ですが、因果関係の実証は容易ではありません。むしろこの分野について深く研究を重ねている専門組織の知見を活用すべきと判断し、サーベイそのものの運用を含めたサービスを受け、サーベイの実施、結果分析、フォローのアクション策定や実行の支援と言った広範なサポートを得ています。
 
 例えると、人間ドックの結果のように、ある数値が悪いからこういう行動をとりなさい、という分析を項目ごとにマネジメントが見ることができる、そう言ったトータルでのサービスを活用しているわけです。とは言え、すぐにわかりやすい効果が出るものでもなく、課題に向き合って時間をかけて取り組むのが大事なのではないかと思っています。

Q.これまでのお話をお伺いし、会社の成長や変化には、Disrupter(変革を起こせる人、促せる人)を見つけることが重要であるように思います。そのためには、「失敗を恐れない」、「人と違うことを恐れない」といったマインドセットが必要になってくると考えますが、これらは一般的な日本人のマインドセットとは対照的にも感じており、こういった人を見つけるのは難しいとも思います。人事として、このようなDisrupterをどのように見つけていかれるのでしょうか?

 確かに、そのような人を育てること、見つけることは簡単ではありません。最後はやはり「行動」がカギになると思います。例えばソニーユニバーシティの参加者選定の方法を見ても、多様性の受容度やOpen-Mindness、変革への関心といった点を基準とした上で、それらを日々の業務で実際に行動に移しているかどうか、が選定のポイントになります。日々業務で接している上司でなければわかりにくいことで、基本的には上司の推薦を基準にしています。

 今回、ソニーユニバーシティからIESEに派遣されている社員は約30名いますが、その中には、「なぜ自分が選ばれたのか?」と私に質問してくる人もいます。こういった内省が大事であり、その質問をしてくること自体、私は嬉しく思います。

Q. 別のインタビュー記事で、自分がそれなりに築いたと思っていたものが通用しなくなる環境に身を置くことが貴重な学びになった、と仰っていたのを拝見しました。どのような環境や経験が最も社員の成長を促すと考えておられるのか、具体的な例があればお伺いしたいです。

 Out of the box thinkingと言う表現があります。私はそれが成長の鍵と考えています。そのためには、まず自らを異質な環境に置き、それまで自分がいた環境がboxの中だったのだと自覚することが重要です。海外駐在などもその一つです。それ以外の方法で全く別の部署に異動することも学びの機会になると思います。そういう意味では海外ビジネススクールの経験も大きな学びの機会といえます。みなさん、ぜひ頑張ってください。

関連記事

インタビュアー:
Co25: 尾島、真弓、横山、梶原、南雲、峯、志治、壺谷、牛神
Co26: 辻井、仲子、栗山、岡部

関連記事

Coffee Chat

最近の記事
おすすめ記事
  1. Discovering Transformative Leaders and Nurturing Talent: The Role of HR and Business Schools – An Interview with Mr. Ambe, Senior Executive Vice President, Sony Group Corporation

  2. 変革のリーダーを見出し、才能を開花させる人事とビジネススクールの貢献~ソニーグループ株式会社 執行役 専務 安部様インタビュー

  3. なりたい自分になれているか?-MBAとファミリービジネス マンダム 西村 社長 インタビュー

  1. IESEにおけるチームワークから学ぶリーダーシップ

  2. 入学審査官にIESEの入学審査についてのアレコレを聞いてみました その③

  3. Barcelona 実際来てどうだったか?

TOP