特集

文化をつなぐ翻訳の力!-日本とスペイン語圏の架け橋、日本漫画翻訳者マーク・ベルナベさん

インタビューの趣旨について

 私たちIESE日本人在校生は、自分たちのキャリアだけでなく、将来のビジネスリーダーとして日本の未来のために何ができるか考えていきたい、また日本の皆さまにも考えるきっかけを作りたいと考えています。

  今回は、スペインを中心に日本の漫画のスペイン語翻訳を手がけるバルセロナの翻訳エージェンシー、Daruma(以下、ダルマ)共同創設者・翻訳家のマルク・ベルナベさんにお話を伺いました。

 マルクさんはスペイン人ですが、日本語が非常に堪能なため、本インタビューは日本語で行われました。一部表現と内容を編集し掲載しております。また、本文中では多くの漫画作品が引用されていますが、作品をご存じでない方のために、なるべく公式に近いサイトへのリンクを張っております。

マルク・ベルナベ(Marc Bernabe)さん
スペイン、バルセロナで日本漫画翻訳エージェンシー・日本文化教室等を営む、Daruma(以下ダルマ)の共同創設者・翻訳家。クレヨンしんちゃんをスペインの国民的作品にしたご功績で、なんと同作品のアニメにもご登場なさっています。

© 臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK

 マルクさんとダルマについて

Q.どういう経緯で日本の漫画の翻訳の仕事を始められたのでしょうか?

単純に日本文化が好きで始めました。日本との関わりが何かあった訳ではありません。こういう質問をされるたびに、「前世は日本人だったのかな?」と答えます。

 ティーンエージャーのころ、テレビで『キン肉マン』や『キャプテン翼』のアニメが流れて大好きになりました。内容だけでなく、作品にも出てくる文字にも関心を持って、例えばドラゴンボールだったら「亀」のマークの文字、「これは何なんだ?」と思って、いつか勉強したいと思っていました。

 そのため、大学では翻訳・通訳学部に入りました。日本語の選考があったので、「これだ!」と思って日本と日本語の勉強を始め、「こんな素晴らしい言語や文化はない!」と思って恋に落ちました。交換留学で1年間京都に行きましたが、もっと勉強したかったので、JET プログラム(The Japan Exchange and Teaching Programme、外国の青年を日本に呼び、地方自治体や学校での活動を通じて、異文化理解や語学指導の促進を目指す政府の事業)で横浜にも住みました。なので横浜とは縁が深くて、今度横浜マラソンを走るために日本に行きます。そこからさらに、日本政府の奨学金を貰い、大阪外大(現 大阪大学外国語学部)にも3年間通い、日本語教育を学びました。

 漫画が大好きなので、勉強を終えたら翻訳の仕事がしたくて、2001年、今の共同創業者と一緒に出版社に履歴書を送って、フリーランサーとして翻訳の仕事を請けるようになりました。その頃スペインでは日本の漫画の翻訳が始まったころでした。その時の初めての仕事がスペインで大人気になった『クレヨンしんちゃん』です。その後、マーケットがどんどん大きくなり、二人だけではクライアントの仕事に対応できなくなってきたので、会社を作り、スタッフをどんどん入れていきました。今はもう、フリーランサーを入れて50人くらいの会社になりました。私のブログ(mangaland.es)で統計を出しているんですが、2001年は、単行本で言うと年間50冊くらいしかでてなかったのが、今は年1500冊。毎年1500冊をすべてダルマがやっているわけではないですが、半分くらいは翻訳を手掛けています。漫画が好きで翻訳と通訳を勉強して、夢の仕事をやっています。毎日が楽しいです。最近は『進撃の巨人』のカタルニア語版を出しました。

Q.ダルマという社名はどこからとったのでしょうか?

 特に特別な意味はないのですが、自然なスペイン語に聞こえる単語であること、会社のイメージキャラクターを作りやすいので「Daruma」にしました。あとは、クライアントに出す見積書には片方だけ目を入れたダルマの絵を描いて、最後に出す領収書には両目を書いたダルマを描く、といった遊び心も入れています。

日本の漫画の翻訳というビジネスと市場

Q.どのようなビジネスモデルなのでしょうか?

 日本の出版社とのライセンス契約はスペインの出版社がやっていて、スペインの出版社から翻訳の仕事を請けるという商流になっています。スペインだけでもなく、南米の大手出版社から、メキシコとアルゼンチン向けの翻訳の仕事もいただいています。翻訳は、9割は漫画で、たまにライトノベルとかアニメ、最近は『吾輩は猫である』等の本も翻訳しました。

 ポップカルチャーの中でもゲームの翻訳はしたことがありません。というのも、ゲームの文章の翻訳は、日本語→スペイン語ではなく、日本語→英語→スペイン語のように一回英語を経由するのと、ゲーム会社のインハウスで翻訳することが多いようだからです。

Q. もともと会社を興すつもりがなかったところから経営者になられて、会社を大きくする中で大変だったことは何だったでしょうか?

  おかげさまで事業はずっと順調だったのですが、たとえば5年前、メキシコの大手出版社のクライアントが突然できて、「毎月20冊翻訳してくれ」と依頼があったので、求人を出して、契約を結んで…と大変でした。2年前から英国系の出版社もクライアントになって仕事が増えて、大きなクライアントを得るたびに仕事量は増えています笑。

Q. 日本では毎日のように新しい漫画が出ていますが、スペインの出版社はどうやって出版する漫画を見つけるのでしょうか?

  Manga Plus(集英社の海外向け漫画配信サービス)で同時配信をやっているので、スペインの出版社もだんだん目が肥えてきて、当たると思って、すぐ出版契約のオファーを出します。あとは、スペインのマーケットよりフランスのマーケットの方が大きいので、ある漫画がフランスで出ると聞いたら、スペインでも出すようにしているみたいです。

Q. 日本の漫画はスペインだとどれくらい人気があるのでしょうか?

 35歳以下だとポケモン、みたいに年齢層で多少分かれていますが、『ドラえもん』、『ドラゴンボール』とかは、50歳以下は全員知っていると思います。ものすごいベストセラーになっているかはわからないです、売れ行きはいいです。2~3年前だったと思いますが、スペインのベストセラー本トップ100のうち、20冊は日本の漫画でした。この前も、バルセロナ凱旋門の近くにものすごく大きな漫画専門書店ができていてびっくりしました。

 また、スペインでは意外なことにデジタルより、紙の本が売れています。なぜかと考えたのですが、本の内容が好きなのと同じくらい、コレクターが多い。だから、本の紙の品質にもこだわります。逆に、日本の紙の品質があまり高くないのにはびっくりしました。

(編集部注:スペインの漫画単行本は一冊12~13€=2,000円前後します)

Q. どうしてスペインで漫画が人気になったと思いますか?
 私の考えですが、スペインでは90年代のはじまりにTV局が増えたことがありました。そうしたTV局ははじめどんな番組を流せばいいかわからなくて、安くて子供相手に流せる番組を探したら、当時日本のアニメのライセンスが安かったので、いっぱい流したらアニメ世代が生まれました。その世代は素晴らしい作品を知り、それに原作の漫画があることを発見し、日本の漫画が出版されたのが最初のブームです。

 そして、コロナの時に大きなブームが起きました。日本だと自主的な隔離だったと思いますが、スペインでは隔離が法的な義務となり、家から出られなくなったんですね。そうしたら、特に若い人たちを中心にヒマが有りあまって、Netflixを見てアニメに触れて、原作の漫画をもっともっと読みたいと思うようになりました。コロナ前も安定成長だったが、コロナの時期に急激に成長しました。

著名な漫画作者からのサイン色紙が並ぶオフィス

スペイン語への翻訳について


Q. 日本語は話し方のバリエーションがスペイン語に比べてすごく多い言語かと思うのですが、翻訳上の工夫はありますか?
 真面目なキャラクターはスペイン語でも敬語を使い、砕けた日本語には砕けたスペイン語を使うなど、キャラクターのしゃべり方とかに適したスペイン語を使っているつもりです。ニュアンスが色々あるから大変ですが、頑張りたいと思っています。日本語で出てくる作品の感想を、スペイン語にも持っていきたいからです。

 後は、同じスペイン語でも、どの国のスペイン語に訳すかによって翻訳の仕方も工夫が必要でした。メキシコ向けにスペイン語翻訳を始めましたが、ラテンアメリカのスペイン語はスペイン語と違うので言葉も変えなければいけませんでした。それだけでなく、これは面白いことなのですが、読者が求めているスタイル、表現が違うんです。「メキシコ人の読みたいスペイン語は?」というのを考えてメキシコ向けのクオリティコントロールを考えますし、アルゼンチン向けに出す時も、アルゼンチン向けのクオリティコントロールを考えます。大変でしたけど、ノウハウは手に入りました。

 読者が求めていることはどう違うのかというと、スペインとアルゼンチンは自然なスペイン語、例えばバルセロナを歩いていたら聞こえるようなスペイン語で翻訳されることを望みます。しかし、なんと、メキシコ人はメキシコ弁で日本人キャラクターが喋るのをすごく嫌がる。例えば『BLEACH』の主人公の一護がメキシコ弁でしゃべると、「一護はニュートラルなスペイン語で喋らせろ!」と怒るんです。


Q. ところで、「かめはめ波」とか、キャラクターの技の名前はどう訳すのですか?

 必殺技を最初に訳したのは『NARUTO』の時で、スペインではアニメもまだ放送されていない、5巻くらいまでしか出ていない時期で、その時は直訳しました。例えば「写輪眼」はpupila
espiral(螺旋の眼)。ところが、アニメが放送されると、「シャリンガン」って日本語そのままで呼ばれていて、読者からは「pupila espiralはカッコ悪いからやめてくれ」と言われたのです。最近はアルファベットで日本語をそのまま表現して、注釈を入れたりしています。

Q.翻訳が一番難しかった作品は何ですか?
 良い質問ですね。『美味しんぼ』です。とにかくたくさん専門用語が出てくる。スペイン語にない材料と作り方、「しゃくしゃくとした舌ざわり」のような擬音語。あとは古い漫画ですが、『あっかんべェ一休』。すごくまじめな漫画で、歴史のこと、仏教のこと、能とか歌舞伎とかが、ぎっしり詰まっている。難しかったです。翻訳の中で新しい文化に触れるたびに勉強をしています。例えば、最近手塚治虫の『アドルフに告ぐ』をカタルニア語に訳すのですけど、第二次世界大戦中の出来事とか、知らないことについていっぱい学びましたし、『ブラックジャックによろしく』では医学について学びました

Q. そういった難しい翻訳を、いま50人になる会社でマルクさん以外の方もやられていると思うのですが、クオリティコントロールはどうなさっているのでしょうか?
 最初、共同経営者のベロニカと2人で始めたとき、私が翻訳したものをベロニカが確認する、ベロニカがやったものを私が確認する、というように、違う視点でチェックを入れて品質を担保していました。この仕事のやり方を、会社が大きくなっても変わらないように頑張っています。翻訳家と別に、クオリティコントロール専門のスタッフを雇って品質維持をしています。スタッフには翻訳家が25人、クオリティコントロール専門家が10人います。クオリティコントロールでは、言葉の意味のチェックや、この場面でこういうことを言うのは正しいのか、等文脈のチェックをしています。

次のページでは、日本語のあいまいさをどう工夫して翻訳しているか、そしてマルクさんの日本文化への想いについて伺いました。(↓)

1マルクさんについて・翻訳という仕事 2翻訳の工夫・日本文化への想い

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